「週報メッセージ」カテゴリーアーカイブ

2022/4/17 週報メッセージ

 イースター礼拝を迎えて

朝位 真士 

  キリストの復活は、わたしたちにどのような益をもたらすのでしょうか。ハイデルベルク信仰問答の問45の答に次のようにあります。

  第一に、キリストは、復活によって、死に打ち勝ち給いました。その死によって、わたしたちのために獲得して下さった義に、与らせて下さるためであります。第二に、その御力によって、今や、わたしたちも、新しい生命に生きるものに呼び覚まして頂きました。第三に、キリストの復活は、わたしたちの祝福された復活の確かな保証であります。(聖書引用、ローマ4:25、Ⅰコリ15:16~18、54以下、Ⅰペト1:3、21、ローマ6:4、エフェソ2:4~6、コロ3:1~3、5、ローマ8:11、Ⅰコリ15:12、20~22)

 私はハイデルベルク信仰問答の教理問答を久しぶりに学び、キリストの復活の記事に触れ、1961年12月24日に受洗してから61回目のイースター礼拝を迎えて、あらためてキリストの十字架と復活の出来事は私のためであったと、神に感謝いたしました。皆様方もイースター礼拝を迎えられて、どんな風にお感じになられたでしょうか。コロナ禍、ロシアとウクライナの戦争、人間関係の希薄な時に、主イエス・キリストの復活を私たちの心の中に迎えようではありませんか。

2022/4/10 週報メッセージ

イースター礼拝を迎えるにあたって

朝位 真士 

 3月2日(水)より4月16日(土)まで、受難節(レント)の時期です。キリストの受難と復活を学ぶ時期を過ごせることを感謝します。来週4月17日(日)は主の復活を祝う、キリスト教最大のお祭りであるイースターですが、春分の後の最初の満月の次に来る日曜日ということになっています。このため、わたしたちの使用しているグレゴリオ暦では、毎年日付が変わってしまいます。教会では主の復活を記念して、早天野外礼拝を行うところが多くあります。また、死んだような殻を破って新しい生命が出てくることの連想から、彩色された卵が配られます。キリストの新しい命を象徴しています。

 今年もコロナ禍の中で、イースターの祝いを盛大にすることができませんが、三密を避け、手指の消毒をし、マスクをして礼拝を守りましょう。ある牧師が、「三密(密集、密閉、密接)を避けなければならないが、イエス・キリストには三満があります」と言われました。クリスマスによく読まれるヨハネ1章14節に「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた」とあります。①栄光、②恵み、③真理の三つの満があります。イエス・キリストは栄光、恵み、真理に満ちておられました。コロナ禍の中ですが、三満に充足していただきましょう。

 2022年のイースター礼拝を、来週心からお祝いいたしましょう。栄光、神にあれ!!

2022/4/3 週報メッセージ

2022年度を迎えて

朝位 真士 

 2021年度も様々な出来事が起こりました。コロナウイルス感染症が終息しない1年であり、ロシアとウクライナの戦争が今も続いています。大国が小国をいじめている中、先日プーチン大統領のクリミア戦争8周年の記念メッセージがありました。その中で彼は聖書の言葉を引用して、私は残念に思いました。

 荒野の誘惑の記事(マタイ4・1~11、マルコ1・12~13、ルカ4・1~13)で、サタンも聖書を引用してイエス様を誘惑しようとしました。もちろんイエス様は御言葉を正しく適用してサタンの誘惑に勝利されました。ここで考えなくてはならないのは、御言葉の真意を理解して、信仰生活に活用しなくてはならないということです。私は御言葉を語る者として、本当にこの時にふさわしい言葉であろうかと、祈りつつ考えなければならないと思っています。

 新年度となり、わが教会は九九周年を迎えますが、財的にも人数的にも大変厳しい状況にあります。世は変わり、人は変わりますが、イエス・キリストは昨日も今日も変わりません。昨年より一歩でも二歩でも信仰の成長をさせていただきたいと思います。今年度与えられた聖句は、「わたしたちの主イエス・キリストの父である神が、ほめたたえられますように。神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生まれさせ、死者の中からのイエス・キリストの復活によって、生き生きとした希望を与え」(Ⅰペトロ1・3)です。

2022/2/6 週報メッセージ

聖書を読もう(Ⅱ)

朝位 真士 

 私は、アパルームの日課と詩編、箴言、コヘレトを毎日素読しています。今日は箴言についての米田豊師の解説を紹介いたします。

 附録として加えられた最後の2章の外はソロモンの箴言で(1:1、10:1)、中にはヒゼキヤの官吏が蒐集した部分もある(25~29章、25:1参考)。ソロモンが箴言三千を造った事は列王記にも記されている(列王上4・32)。箴言は日常生活に関する道徳的訓戒を教える種々の金言を記す。前者には預言を含んだ敬けんの思想を記し、後者には金言によって表わした敬けんの行為を教える。本書の教えは、イスラエルの神、主の名は全巻を貫き、世界はこの神によって道徳的に支配され、すべての人類はこの神を畏れる事をもって道徳信仰の基調となすべき事が本書の主張する題目である。子供たちには父母の教えに従うべき事を、青年には純潔の生活を送るべき事を勧め、知者と愚者、富者と貧者、怠惰者と勤勉者などを相対照し、高慢、忿怒、嫉妬、憎悪、暴食などを譴責し、信仰、謙そん、柔和、忍耐、正直、勤勉、節制などを勧告する。現代における本書の大いなるメッセージは、これが書かれた時代と同じに、信仰による敬けんな生活こそ最高の知恵であるとの事である。主を畏れることは知識の本、また知恵の根本である(1・7、9・10)。

 私はこの箴言を読みながら、信仰者としての生活の仕方を学んでいます。皆様も是非、箴言を愛読してください。

2022/1/30 週報メッセージ

聖書を読もう(Ⅰ)

朝位 真士 

 私は、アパルームの日課と詩編、箴言、コヘレトを毎日素読しています。米田豊師の解説を紹介いたします。

  詩篇は、宗教的な人民であるイスラエルの昔の多くの詩人の作を神を礼拝する時に音楽に合わせて歌わせる目的で、最も古い作者は紀元前千五百年代のモーセであり、編集者エズラに至るまで千年間にわたる作の内、ダビデのものが最も多く73篇ある。全体を通じて敬神愛国の情緒にあふれ、感謝、賛美、ざんげ、祈祷で調子づけられている。その題目は多種多様で、義人の繁栄、悪人の災禍、人生の無常などを歌った教訓的なもの、神の義、神の愛、神の恵み、神の力、神の栄光などの、神の属性や神の律法、神の摂理などを歌った信仰的なもの、罪の悶えの中よりのざんげ、患難の中よりの哀訴、個人及び国民の上に下されたあわれみに対する感謝などの祈祷に関するもの、イスラエルの過去を記した歴史的なもの、及び救主来臨(初降臨及び再臨)の希望、ならびにイスラエルの将来の幸福を歌った預言的なものなどがある。

2022/1/23週報メッセージ

今こそ祈りを大切にしてください

朝位 真士 

  私は毎週朝祷会に出席しています。その機関誌の中で、手束正昭師(教団高砂教会)の「朝祷会は日本の教会復興の最前線に」という文章に目が留まりました。

 私の属する日本基督教団では、ある深刻な問題が浮上している。「2030年問題」という。いかなることかというと、9年後の2030年には、日本基督教団の教勢が今の約20万人から約10万人に半減してしまうことが、統計上予想されるという。もしこれが現実のものとなったならば、人数の半減に留まらず、経済的にも大打撃を受け、教団全体の働きも大幅に縮小せざるを得ず、宣教活動の大きな衰退を招くことは必至である。由々しき問題である。……その時私は初めて知った。教団などよりうんと伝道熱心な福音派の教会も、今や衰退の危機に直面しつつあるのだということを。とすると、「教勢の衰退の危機」は今や日本のキリスト教会全体が直面している問題であり、教派を超えて取り組まなくてはならない課題だということになる。

 私は手束先生の文章を読みながら、鍵は祈りであると思いました。私共のホーリネス教会の特長は、皆がよく祈る人達であるということです。私は思い出しました。会堂建設の問題が暗礁に乗り上げた時、私共は何をしたでしょうか。会堂建設に近所の方々が反対されて、本当に私共は大変な試練に遭いました。経済的な問題も大きく立ちはだかりました。建設反対と経済問題の試練の中、私共役員を始め教会員の方々が毎週の祈祷会に出席して、人知を超えた全能の神様に真剣にお祈りいたしました。神様は祈りに応えてくださり、建設反対問題も経済問題も解決し、今日に至っています。1997年12月17日、無事旧マンション教会から現在地に移転いたしました。あの当時祈りに応えてくださった神様は、今も生きて働かれます。教会員の皆様に切にお願いしたのは、「今こそ祈りを大切にしてください」ということです。たしかに、コロナ禍で教会は大変な試練の中にありますが、「イエス・キリストは昨日も今日も変わらない」生きておられるお方です。全能の神にお祈りしてください。

2022/1/16 週報メッセージ

第34回首都圏新年聖会に出席して                                         朝位 真士 

 1月2日(日)午後2時より教団東調布教会で開催された。主題「生ける希望」(Ⅰペトロ1:3)。聖会Ⅰ、説教澤田直子先生(小松川教会)、題目「言い尽くせない喜び」として、「わたしたちの主イエス・キリストの父である神が、ほめたたえられますように。神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生まれさせ、死者の中からのイエス・キリストの復活によって、生き生きとした希望を与え」(Ⅰペトロ1:3)を中心に、小松川教会で婦人牧師として御主人と6年間共同牧会され、特に幼稚園・保育園を経営しながらの牧会のメッセージであり、牧会の現場からの生々しい新鮮なメッセージであった。まだ牧会経験の浅い先生ではあるが、大変やさしく、具体的に例話を引用されて、静かな中にも牧者としての確信をもって語られた。

 聖会Ⅱ、「聖なる生活をしよう」、Ⅰペトロ1:13~25を通して、私がメッセージを語らせていただいた。「召し出してくださった聖なる方に倣って、あなた方自身も生活のすべての面で聖なるものとなりなさい。『あなたがたは聖なる者となれ。わたしは聖なる者だからである』と書いてあるからです。」(13~14)私はまず錦織寛先生の御本より「ホーリネスへの招き」を引用した。レビ19:2「あなたがたの神、主なるわたしは、聖であるから、あなたがたも聖でなければならない。」まさに神が聖であられるということに私たちの聖化の土台がある。この「聖」とは、神の絶対性・超越性を表す言葉で、そこには一つは絶対的な神のものとして生きる。また、実際生活の中で、罪から離れ、神のものにふさわしい生き方をする。この聖化は神が無代価で与えてくださる恵みで、誰も自分を誇ってはならないし、人を裁いたり批判したりしてはならない。

 私は46年目の教会牧師として、小さな恵みの証しを力強くさせていただいた。ユーチューブ配信であったので、対面は十数名であったが、今までにない力強いメッセージをさせていただいた。皆様のお祈りをひしひしと感じ、感謝であった。

2022/1/9 週報メッセージ

Ⅰペトロの手紙を通して

朝位 真士 

 まずこの手紙全体の内容を見ていきましょう。この手紙は、周囲の人々(異教徒)から様々な迫害を受けている信仰者を慰め、信仰に固く立つよう励ます目的で執筆されています。そのため、まず1:3~2:10では、キリスト教信仰の基盤となる「救い」について解説し、その「救い」を読者に確信させようとします。次に、2:11~4:7では、その「救い」を望みつつ、異教徒に囲まれたこの世の生活をどのように過ごすべきかが説かれています。4:8からは、書簡の結びとして、一連の勧告がなされます。そこでは、教会内部の結束と、迫害に対する忍耐が主題となっています。当時のローマ帝国による組織的弾圧を反映しているといわれますが、むしろ新興宗教であるキリスト教信者に対する、周囲の異教徒からのより一般的・日常的な迫害が問題となっています。

 この手紙の著者はペトロで、おもに小アジアに散在していたユダヤ人信者にあてて、シルアノに託して送られました。多分バビロンから出されたものと思われます(5:12~13)。当時まさに到来しようとしていた火のような大迫害を前にして、彼らの信仰を堅固にし、励まし、慰める為に記されたものです(1:6~7)。またペトロが異邦人信者に向かって記したことも明らかです(4:3)。年代は紀元60~70年頃ではないかといわれています。

 私は数年前にも一度、ペトロの手紙を学びましたが、今はまさにこの世的な様々な魅力があり、信者でもこの世の誘惑や魅力に負けて、信仰の成長が妨げられる時代です。また、コロナウイルス・パンデミックの状況で、真面目な信者達も礼拝や集会に出ることを中断させられ、宣教活動や教会形成が難しい大きな試練の時代です。ペトロの手紙は、信者として、求道者として、どうあるべきかを大変具体的に示唆していると思います。一番良時期に、このⅠペトロ、Ⅱペトロの手紙が与えられたことを神様に感謝したいと思います。

2022/1/2 週報メッセージ

2022年を迎えて

朝位 真士 

  私共が桜ヶ丘教会に赴任いたしまして28年目になります。桜ヶ丘教会は初代の板井牧師が開拓されて99年目に入ります。多くの牧師・伝道師たちが桜ヶ丘教会で奉仕をされ、その間、良き役員・信徒に恵まれ、地域に開かれた教会として宣教の業をしてまいりました。6月の創立記念日には毎年、岸義紘先生をお迎えして、サックスを演奏してメッセージを語っていただいています。またクリスマス・シーズンには、ベアンテ・ボーマン先生、ルリ子先生ご夫妻をお迎えして、チェロ演奏とメッセージをお願いしています。今年もすでにお願いしています。ジャズの高田バンドにも時々来ていただいています。コロナ禍の中で外部に宣伝はできませんが、毎回これらの特別集会を待っておられる近所の方々がおられます。感謝なことです。

  桜ヶ丘教会で奉仕された先生方が召天されたり、ご病気になられたりして、大変試練の時を過ごしていますが、Ⅰペトロ1章6~7節には、「今しばらくの間、いろいろな試練に悩まねばならないかもしれませんが、あなたがたの信仰は、その試練によって本物と証明され、火で精錬されながらも朽ちるほかない金よりはるかに尊くて、イエス・キリストが現れるときには、称賛と光栄と誉れとをもたらすのです」とあります。またヘブル12章11節には、「およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです」とあります。

 「すべての人との平和を、また聖なる生活を追い求めなさい。聖なる生活を抜きにして、だれも主を見ることはできません。」(ヘブル12章14節)私たちはホーリネスの群の一員として、教団の中で生きた証しをさせていただきたいと思います。神の家族として、お互いに愛し合い、祈り合って信仰生活を全うする1年でありたいと、神に祈るものであります。

2022/1/1 週報メッセージ

今年与えられた聖句とその導き

朝位 真士 

  今年はⅠペトロ1章1~12節の御言葉が与えられました。「わたしたちの主イエス・キリストの父である神が、ほめたたえられますように。神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生まれさせ、死者の中からのイエス・キリストの復活によって生き生きとした希望を与え、また、あなたがたのために天に蓄えられている、朽ちず、汚れず、しぼまない財産を受け継ぐ者としてくださいました。」(Ⅰペトロ1・3)

 桜ヶ丘教会が宣教開始九九年目を迎える新しい年に、困難な地である東京都杉並区で、神様は私たちにペトロのように宣教のヴィジョンと信仰を与えられたと信じるものです。もちろんこの業は神様の業ですが、私共一人ひとりが主の手足となって働きたいと思います。2020年からのコロナウイルス・パンデミックの状況で、世相が大変不安な状況にあります。政治、経済、教育の問題、また自然災害が各地で起こり、失業者が多く出て、人間が互いに不安の中にあります。しかし、昔も今も神様の恵みは変わりません。コンピュータやAI等で生活が豊かになった反面、精神的な病気を抱えておられる方々が多くなりました。暗くて不安な時代であればこそ、イエス・キリストの福音が必要だと思います。便利になった反面、人間同士の不信感が強く、親子、夫婦、兄弟同士でも、お互いに信頼し合って、祈りあい助け合わねばならない時だと思います。

 「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。」(Ⅰコリ1・1~18)今こそ神様の御言葉に信頼して祈り、神様から愛されているお互いが助け合って、キリスト者としての証しをするべき時が来たと思います。「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。」(フィリピ4・6)