写真:9月12日礼拝お花9月、暑さが少し変化してきました
写真:9月12日礼拝お花
写真:9月12日礼拝お花 下半期を迎えて
朝位 真士
「わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものではないことが明らかになるために」(Ⅱコリ4・7)
右の聖句は、2010年に与えられたものです。私たちは土の器の中に宝という福音、イエス・キリスト様を入れています。2010年度も上半期を終えて下半期に入ろうとしています。今年は1月にY長老、6月にT姉、7月にK姉が召天され、その他にも求道者の方が数人召天されました。また桜ヶ丘教会に68歳で神学生として来られていたS牧師など、公的・私的の関係者が召天されました。
さて8月は諸集会(夕拝、信仰講座、例会)が休会していましたが、9月から再開されます。下半期の予定を列記すると、10月に三軒茶屋教会のK牧師を迎えての特別礼拝、11月7日(日)には召天者記念礼拝、12月19日(日)クリスマス・チャペルコンサート。B先生夫妻のチェロ演奏とメッセージは今年で12回目になります。ますます地域に開かれた教会となるよう、音楽とクリスマスメッセージに期待しています。12月24日(金)午後7時からクリスマスイヴ集会で、音楽(ピアノ演奏)とメッセージ。1月1日(土)元旦礼拝(予定)、2日(日)礼拝ならびに首都圏新年聖会(予定)、2月27日(日)教会総会(予定)。
私個人としては、2011年1月9日(日)米子教会の礼拝、1月10日(月・祝)山陰聖会の御用2回を予定しています。どうぞ皆様お祈りしてくださり、秋冬の戦いに勝利しましょう。
写真:8月29日礼拝お花 日本伝道の幻を語る会
朝位 真士
去る8月23日(月)~25日(水)まで、市川サンシティホテルでキリスト伝道会主催の集会が開催された。今回は3人の講師であった。S師は16歳で受洗し、学生時代タイ国でのキャンプで宣教師になるビジョンが与えられ、OMFを通して1995年カンボジア宣教師となられた。2008年4月よりOMF総主事となり、宣教師をサポートする働きをされている。J師は日本の神学校を卒業し、9年間日本で働いて渡米し、1991年、プリンストン日本語教会を開拓。1996年、ニューヨーク日本語教会を開拓。2000年、ワシントン・アライアンス教会を開拓。ワールドワイド日本語ミニストリーの代表を務めておられる。F先生は医者であり、ご自身も大病(ガン)をされ、治癒されて世界に信徒伝道者として奉仕された。尼僧からキリスト者へなられた話は有名で、本も多数出版されている。
今回のテーマは「実を結べ一千万救霊ー世界と結べ日本宣教」で、2泊3日の集会であった。参加者は約55教会120名で、献金総額は1、336、177円であった。今回の特色は外国からの講師と、ご自分も大病された医者の証しであった。人数的には昨年より少数であったが、世界宣教のビジョンに燃やされた。私は実行委員の一人として事務局の手伝いをしながら、全国から来られた先生方、信徒の方々とのお交わりができたことは、大変有意義であった。
2011年は8月22日(月)~24日(水)、市川サンシティホテルで開催される。どうぞ祈り、参加してください。
(写真:8月22日礼拝のお花) S師の召天に際して
朝位 真士
昨年の5月より今年の8月まで、わたしの知る限りでは10人近くの方々が天に召された。その中の御一人がS師である。8月12日(木)午前4時57分、聖ヨハネ会桜町病院で召天された。8月14日(土)午後1時、教団K教会で告別式が行われた。わたしは同労者として式に出席した。略歴によるとS師は1929年11月16日F県で誕生され、5人兄弟の3番目で、父親が35歳で召天された。苦学をして夜学の高校に行き、その後東京の大学に進学され、卒業後一流企業に就職し、管理職で退職された。65歳でクリスチャンとなり、68歳で神学校に行き、72歳で伝道者になり、S教会の牧師となった。熱心に牧会に励んだが数年前病気になり、3ヶ月前、余命2ヶ月と言われ、前記のホスピス病棟に入院された。私共の教会には神学校1年生のとき派遣された。非常に明るい人柄であり、健康に関することには最善の手を尽くしていた。S体操という独特の体操をしていた。会うといつもニコニコ、笑顔の絶えない人であった。キリスト教と出会う前は、あらゆる宗教遍歴があったようだ。しかし入信して献身してからはキリスト教一筋であった。
わたしは彼のことを考えると、マタイ20章1~16節の「ぶどう園の労働者」のたとえを思い出す。夕方5時に雇われた労働者が、ぶどう園の主人から最初に賃金を与えられた。「後にいる者が先になり、先にいる者が後になる」とあるごとく、先生は短いクリスチャン生活であったが、召される前、特に1~2ヶ月は、見舞いに来た人々に多くの慰めと祝福を与えたのではないかと思う。
「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。」(Ⅱコリント4・18)
御遺族の上に神の祝福と慰めを祈ります。
ヤベツの祈りから学ぶ
朝位 真士
「『どうか、わたしを祝福して、わたしの領土を広げ、御手がわたしと共にあって災いからわたしを守り、苦しみを遠ざけてください』と祈ると、神はこの求めを聞き入れられた。」(歴代誌上4章10節)
岸先生の解説によると、「ヤベツの祈りは、罪と死の悲しい連鎖の中から、救い主イエス・キリストを待望する叫び、信仰の叫びである」ということである。「わたしを祝福して」はキリストによる祝福である。罪の赦し、永遠の命、聖霊の証印によって神の国の相続者とされる祝福である。「わたしの領土を広げ」は、ペンテコステの聖霊により誕生する新約時代のキリストの体なる教会が取り組むことになる世界宣教。ヤベツの祈りは、家族、親族、友達、同僚、そして地の果てまで、キリストの体なる教会の地境が拡大することを祈り求める預言者的祈りである。
「御手がわたしと共にあって」は、新しい時代の聖霊を求める祈りである。ヤベツの祈りは「世の終わりまで信じる者とともにいてくださる、内住の聖霊、キリストの不変の臨在」を求める祈りである。「災いからわたしを守り、苦しみを遠ざけてください。」宣教には苦難が伴う。証には迫害が伴う。信仰人生は試練との戦いでもある。ヤベツの祈りは、勝利者キリストへの信仰から出る預言的期待である。そして世界宣教に向かう教会が、悪から守られることを求める祈りである。これらすべての祈りは、キリストの到来において、その十字架と復活、ペンテコステの聖霊降臨によって、すでにそこに、過去のこと、そして現在のこととして、実現、成就しているのである。
ヤベツの祈りに対して、神様はヤベツの生涯の中で答え、大いに彼を祝福し、彼の地境を広げ、災いから彼を守られた。
「義と信仰と愛」について
朝位 真士
旧約聖書は「義」を「聖」などとともに神の属性と解する見方もあるもが、むしろ元来法廷用語であり、関係を表す言葉である。神は良い関係、社会的秩序を保証する。
新約聖書の義の概念は、ギリシャ的徳論において総括的位置を占めている。適正を意味し、沈着、洞察力、親切、博愛、忍耐、自制などと並んで出てくる。パウロにおける「神の義」は新約聖書の中心的使信出あり、神の前に立ち得ない罪ある人間が神の一方的な愛、神の子キリストの贖罪死、その血と肉に与る聖餐、古き自分に死ぬ洗礼により、赦しと救いに入る。
信仰とは、神に対する正しい関係を表現する概念、旧約において「信じる」に当たる動詞は「ヘエミーン」、「確かなもの、堅固なものにする」という意味である。新約における「信仰」の中心はイエス・キリストを信じる信仰である。それはイエス・キリストにおいて救いの業をなされた神への信頼を含んでいる。旧約にルーツをもつ「神の確かさへの信頼」という意味での信仰は、イエスの死と復活を中心とする宣教内容と結びついて展開される。ヘブライ人への手紙は「信仰を望んでいる事柄(神の約束)の確信、見えない事実の確認」として定義する。
愛を表すギリシャ語が4種類ある中で、新約聖書に現れるのは2つのみである。もっぱら神の愛、徹頭徹尾相手に仕える愛としてのアガペーと、一般的な愛を表すフィリアの2つである。後者は厳密には友情を表すのに用いられるが、それと同時に肉親同士の愛や恋愛、美しいものを求める情熱的な愛である。「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。隣人を自分のように愛しなさい。」(マタイ22・37~39)「義」と「信仰」と「愛」のことばを再確認しよう。