写真:K/Kさん提供クリスマスを待ちながら
写真:K/Kさん提供
写真:K/Kさん提供 収穫感謝日「メイフラワー号の旅」 朝位 真士
1620年9月16日、アメリカの新天地に向かって、イギリスのプリマス港から帆を上げ、総勢102名。わずか180トン、全長27メートルの小さな帆船メイフラワー号に乗って、清教徒たちは英国の植民地バージニア州に向けて出発した。神を自由に礼拝できる場を求めて、長い航海の末に11月21日、船はケープコッドにいかりを下ろした。一同はそこで植民地の法律に代わる新しい法律を自分たちで決めることとなり、それが今日まで知られる「メイフラワー号の契約」となった。「神の前に我々は約束する。政治的には市民本位の組織体とし、よりよい秩序とその保持、さらに進んでその発展を図る。この初志にのっとり、正義と平等の精神に基づいて法律、制令、条例、憲法を植民地の人たちの要求に合致するように制定し実施する。」この契約こそ、英国の君主政治を揺り動かし、また世界各地に変革をもたらした民主主義の種を宿していたのである。人は誰でも信仰と勇気をもって目的に向かって前進するとき、神は最善に導いてくださる。
アメリカで清教徒が11月第4木曜日に収穫感謝祭を守ったことに合わせて、秋の収穫の時期、勤労感謝の日に近い11月第4主日に、収穫感謝祭を守るようになった。
後日談になるが、アメリカに到着した最初の年、食料が不足していたときに、アメリカのインディアンの人々や他国人が清教徒たちを援助した。その後、その土地で労働して収穫を得た。教会では果実、その他収穫された物を持ち寄り、愛餐の時をもったのが、収穫感謝祭の起源となったようである。
喜びと感謝と希望をもって神様に感謝を捧げてまいりたいものである。
写真提供:K姉妹 信仰生活の手引き
朝位 真士
ジョン・ウェスレーは「恵みの手段」として、ディボーション(神との交わり)を守りました。ヘンリ・ナウエンも「気がかりなこと、憂い、痛みが常に襲いかかる日常の生活の中で神を見いだすことがなければ、そうした日ごとの雑事から解き放たれたなら神を見いだせるだろうと考えるのは意味のないことです。仕事の最中にも霊的な営みが成長し深まることがなければ、働く時間の前後に持つディボーションが深まっていくことなどあるでしょうか」と述べています。
ウェスレーにとって主要な恵みの手段は祈りでした。祈りを重ねる生涯をウェスレーは送っていたと言っても過言ではありません。祈りをこれほどまでに重要視した背景には、「クリスチャン信仰とはイエス・キリストを通して神と生き生きとした関係を過ごしていくことである」とウェスレーが理解していたことがあります。祈りとは、神と自分の関係を保つための方法だからです。祈りは神との関係をつくり、また豊かにしていくために神から与えられた賜物です。さらに、霊性の潤いを失い渇いてしまうケースの多くは、祈りが欠けていることから起こってくるとウェスレーは理解していました。
ウェスレーは一人で祈りました。彼はいつも朝4時半から5時に起床して祈ることを習慣としていました。第二にウェスレーは声に出して祈ったり、また沈黙のうちに祈ったりもしました。第三にウェスレーはあらゆる種類の事柄を祈りました。賛美し、告白し、感謝し、とりなしをし、そして自分の願いを神に知ってもらうようにしていました。第四にウェスレーは他の人の祈りを読み、学び、そして自分の祈りに応用しました。
私たちの信仰生活の手引きのまず最初は「祈り」から始めましょう。密室、祈祷会、礼拝、例会等で大いに祈りましょう。
秋期特別集会を終えて
朝位 真士 「わたしは福音を恥としない。福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシャ人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです。福音には、神の義が啓示されていますが、それは、初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです。『正しい者は信仰によって生きる』と書いてあるとおりです。」(ローマ1・16~17)
過ぐる10月24日、私共の教会にK牧師をお招きして、素晴らしいメッセージを聞くことができた。私はK牧師の教会に行ってきた。当日はいろいろ都合が悪く、普段の礼拝人数より数は少なく感じた。しかし礼拝後の愛餐会には20名前後の方々が出席し、いろいろな意見や質問が出た。自分の牧師に質問できないこともフランクに質問された様子であった。私と同年代でまだ信者になっておられない男性が、「先生、私はまだ信仰がフラフラしているので、しっかりしてから受洗したいと思う」というような言葉を語っておられました。私は「Nさん、信仰がしっかりしてから洗礼を受けたいと言われますが、それは逆です。主イエス・キリストを受け入れてから段々信仰が確立するのではありませんか」と答えた。彼は静かにうなずいていた。私は一人の魂が1日も早く救われることを祈り続けたいと思った。
我が教会も人数は少なかったが、求道者が数名来られたとの報告を聞いて、主の御名を崇めた。一人の魂が救われるのは、全世界よりも尊いとある。私の教会は大変将来性があり、希望をもてるのではないかと思いつつ、12月19日のクリスマス・チャペルコンサート、ベアンテ先生の集会を期待して祈って行きたいと思った。
写真:10月24日礼拝花 秋期特別礼拝を迎えて
朝位 真士
今日はK牧師をお迎えしています。先生が今日語られる聖書箇所はヘブライ11章8~12節、「信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出ていくように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずに出発したのです。信仰によって、アブラハムは他国に宿るようにして約束の地に住み、同じ約束されたものを共に受け継ぐ者であるイサク、ヤコブと一緒に幕屋に住みました。アブラハムは、神が設計者であり建設者である堅固な土台を持つ都を待望していたからです。信仰によって、不妊の女サラ自身も、年齢が盛りを過ぎていたのに子をもうける力を得ました。約束をなさった方は真実な方であると、信じていたからです。」「神を信じて踏み出す」という題でメッセージを語っていただきます。祈って御言葉をいただきましょう。
K牧師は、1943年京都で誕生して、大学卒業後はサラリーマンとして20年近く働いており、37歳の時献身して神学校で学ばれました。3年間九州で開拓伝道をされ、大阪の教会で数年牧会されました。現在は東京で牧会されています。その間、日本キリスト伝道会エバンジェリスト兼実行委員となり、2009年、首都圏キリスト教大会実行副委員長、音楽集団のユーオーディア(プロの音楽家300人のメンバー)の顧問をしておられます。先生は情熱的で、明るく温かい方です。また先生はコミュニティー・チャーチとして伝道しておられ、「地域の中で全人的な働きを推進したいと願っています」と語っておられます。
今日初めて教会へ来られた皆様方、また求道者の方々(まだイエス様を信じておられない方々)、よくおいでくださいました。引き続き次週の一般礼拝にもご出席ください。歓迎申し上げます。
伝道する信徒
朝位 真士
「兄弟たち、あなたがたが召されたときのことを思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者や、家柄のよい者が多かったわけでもありません。ところが、神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。」
(Ⅰコリ1・26~27)
この10月31日はルターの宗教改革記念日です。多くの教会で、記念行事をすることがあり、特にルターのメッセージを引用して語る牧師も多いと聞いています。宗教改革の三大原理は、①聖書のみ、②信仰のみ、③万人祭司です。私は特に万人祭司を強調したいと思います。牧師や神父の祈りが聞かれるというのではなく、すべてのキリスト者が祈ることによって、神は聞いてくださいます。それと同時に、牧師や司祭が伝道するだけではなく、すべての信徒は伝道すべきという持論です。よく「自分は特に伝道と言えるようなことはしていない。私のような立場で、伝道できるだろうか。伝道する自信がない」という言葉を聞きます。私は、救われた信徒は全員伝道すべきだと思います。
日本基督教団も現在約3分の1程の教会が無牧、兼牧(牧師が複数の教会を牧会している)ということを聞いています。あと10年もすれば、半数位の教会がそのようになるようです。そうしたら誰が牧会伝道(宣教)するのでしょうか。皆様方信徒一人一人の上にかかっているといっても過言ではありません。桜ヶ丘教会の10年後はどうなっているでしょうか。さあ皆さん、立ち上がって主の福音を伝道しましょう。10月24日に一人が一人を主のもとにお導きさせていただきましょう。