2016/8/21 週報メッセージ

   「日本伝道の幻を語る会」Ⅲ                                                                 
                                                                                                         朝位 真士
 
  講演Ⅱ、大住雄一先生(東京神学大学教授)、「幻を語り合う」。
 序、私たちは伝道の幻を語り合おうとしています。しかし、私たちが今見ているものは何でしょうか。それは、主イエスもすでに直面しておられたことです。(1)伝道の困難な時代ー笛を吹いたのに踊ってくれなかった(マタイ11・17)。そもそも宗教が困難な時代ー宗教とか終末と言ったとたん毛嫌いされる。耳障りのよい話ばかりが好まれる(Ⅱテモテ4・3)。人間の本当の問題や苦悩に直面できない。なんでも「ありのまま」で(が)よい時代。(2)伝道献身者が立てられない時代。リバイバルが起こっても、それに対応できない教会。専従の牧者がいない教会はいよいよ衰退する。(3)伝道献身者が送られるように祈っているか。祈りの課題として認識されているか(マタイ9・38)。(4)教会の高齢化。
 1、教会には将来がない? 老齢(90歳以上)になって受洗された人は恵みではないか。高齢者による伝道は意味がないのか。力に欠けるのか。そんなことはない。
 2、それにもかかわらず、「収穫は多い」(マタイ9・37)。伝道の幻に見ているものー主イエスも、困難の彼方に望み見ておられたこと。(1)主イエスの業としての伝道。主がすでに先立っておられる。「ここまで来い。」「あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。」(マタイ28・7)(2)シラスとテモテが追いついてきてパウロがテント張りをやめ、み言葉を語ることに専念すると、パウロ迫害が本格化する(使徒18・5~6)。自分たちの中から伝道者が立てられ、自分たちがこれを支えるために祈る。(3)私たちの挫折は、神の挫折にはならない(Ⅱテモテ2・9)。私たちがたとい不誠実でも、神の誠実は変わらない(Ⅱテモテ2・13)。(4)先立ちたもう主を幻に見る。幻に見て喜ぶ。