2011/10/16 週報メッセージ

   本末転倒                                                                 
                                                                                                        朝位 真士
  佐藤彰先生の著書『苦しみから生まれるもの』に、「本末転倒」という項目があり、少し転記したい。
 
  「牛がいなければ飼葉おけはきれいだ。しかし牛の力によって収穫は多くなる。」(箴言14・4)
  教会は醜い、汚い、だから行かない。協力しない。一見もっともらしい理屈です。しかし、信仰とはその程
 度のものなのでしょうか。いったん問題が起こったら、それまで。とたんに身を引いてしまう。しかし聖書は
 箴言14章4節に語っています。
  飼葉おけをきれいに保つ最も手っ取り早い方法。それは牛を追い出すことです。しかし、そのように考えて
 しまったら、元も子もありません。教会は聖人君子の集まりではありません。赦された罪人の集まりです。そ
 こに様々の問題や苦しみが起こることは避けられないのが現実です。しかし、だから教会を去るというのは本
 末転倒の信仰のあり方なのです。醜い面のみを見つめ、教会に何か思いがけないことが起こったかのように
 失望してはなりません。そのような愚かな者をも用いて主のみわざの一端に加えていただく。そんな信仰者で
 ありたいのです。
 
 佐藤先生の文章を読みながら、特に私共ホーリネス教会(教団の中のホーリネスの群)は聖めを強調する余り、聖められていない人をとかく裁きがちで、いつの間にか自分がパリサイ人、律法学者の立場に立っていることを反省したいと思う。勿論、教会は聖なる場所であるが、私達は皆罪人である。聖くしてくださるのは私の力ではなく、主イエス・キリスト様である。教会に必要なことは、「神の愛」によって兄弟姉妹として協力して主の為に御用していくことであると思う。