写真:K/Kさん提供10月も過ぎていきますね
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写真:K/Kさん提供 宗教改革記念日に想う
朝位 真士
「そして、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を福音宣教者、ある人を牧師、教師とされたのです。こうして、聖なる者たちは、奉仕の業に適した者とされ、キリストの体を造り上げてゆき、ついには、わたしたちは皆、神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、成熟した人間になり、キリストの満ちあふれる豊かさになるまで成長するのです。」(エフェソ4・11~13)
10月31日は宗教改革記念日である。1517年10月31日、マルチン・ルターは、自らの純粋な宗教的心情からローマ教会の反省を求め、「罪の赦しはどこまでも、イエス・キリストの十字架を信じる信仰にあり、免罪符によっても、金銭によっても赦されることはありえず、教皇や教会にはその権威はなく、その力もない」と、ヴィテンブルグ城教会で95ヶ条提題を当時のカトリック教会に提出した。宗教改革記念日の起源である。
プロテスタントの三大原理は、①聖書のみ、②万人祭司、③信仰のみ、である。「私は福音を恥としない。福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシャ人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです。『正しい者は信仰によって生きる』と書いてあるとおりです。」(ローマ1・16~17)「正しい者は信仰によって生きる。」「生きる」とは「救われて生きる」といういみであり、「信仰によって」は、「信じるすべの人」に相対している。「義人」とは神の義を与えられた人のことである。救いを受ける上でキリストにおいて与えられる神の義にのみより頼む信仰は、主にのみより頼む旧約と本質的に同一のものである。私たちは、行為によって、善行難行して救われるのではなく、ただキリスト・イエスを信じる信仰によって救われるのである。
話をすることできました。

第22回東京チャペル・コンサートに出席して
朝位 真士
9月23日(日)午後2時半~4時半迄、教団赤羽教会で東京チャペル・コンサートが開催された。音楽は、テナーのビョン・ホギル氏、ピアノ伴奏小西優子師。メッセージは嶺岸浩師(気仙沼第一聖書バプテスト教会)。先生は2011年3月11日午後2時46分の東日本大震災によって、3年前に新築・献堂したばかりの会堂を流失したことを赤裸々に力強く語ってくださった。この3人の方々によって内容豊かな祝福に満ちた集会を開いてくださったことを心より感謝したい。
私の記憶に残っていることを断片的に記してみたいと思う。まず雅歌8章7節「大水も愛を消すことはできない。洪水もそれを押し流すことはできない。」次にヨブ記1章21節「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」そして一テモテ6章7節「……わたしたちは、何も持たずに世に生まれ、世を去るときは何も持って行くことができないからです。」
嶺岸先生は25歳頃救われた。大変な読書家でいらして、蔵書が5千冊くらいあった。しかし大津波によって会堂ともども全て流失されたことを証しされた。今までは物に依存し、この世の知識や経験に頼り、自分の読書欲や教養を自慢しておられたが、一瞬にしてすべてのものを流失してしまった後、もう一度全知全能であるイエス・キリストの父なる神にすべてをお任せして生活することを示された。ただただ生ける主イエス・キリストを信じて従うことをされている姿に、私も自分の信仰の在り方を教えられた。一日も早い東日本大震災の復興がなされることを祈りつつ。
エマオの道で
朝位 真士
米国合同メソジスト教会屈指の説教者、元アズベリー大学学長、デニス・F・キンロー先生の『霊想書』の2月20日の日課に「出し惜しみしない愛」(マルコ14・1~9)という記述がありました。「『イエスがベタニアで、らい病人シモンの家にいて、食卓についておられたとき、ひとりの女が、非常に高価で純粋なナルドの香油が入れてある石膏のつぼを持ってきて、それをこわし、香油をイエスの頭に注ぎかけた。』(マルコ14・3)ルカ7章にはイエスがシモンの家で食事をなさった時の話が記録されています。その会食の最中に一人の女性が入ってきて、石膏のつぼを壊し、入っていた香油をイエスに注ぎかけました。そして涙でイエスの足を洗い、髪の毛で拭きました。ベタニアのマリヤが自分と家族にイエスがしてくださったことのゆえに香油を注いだという、出し惜しみのない愛でした。彼女は自分の涙で足を洗い、高価な香油を注ぎました。」
私はこの記事に出会った時に、三十年前の出来事を思い出しました。前任のK教会の副牧師をしていた時に、新会堂建築と、開拓伝道地での土地購入・建物建築というダブルの恵みに与ったことです。当時百数十名の礼拝出席があり、会堂が満員であったので、会堂建築という課題が持ち上がり、毎朝早天祈祷会が6時半から行われていました。十数名の熱心な方々が祈っていました。その中に一人の老年の医師がおられました。彼は毎朝約1時間かけて祈祷会に出席しておられました。質素な生活をされていて、古着を着用しておられました。本当に質素な生活をされていましたが、会堂建築と土地取得のために数千万円の財産をささげて、忠実に信仰生活を全うし、天に凱旋されました。この話は、彼が召天された後に教会の会計役員から聞かされて、本当に驚きと感謝を表しました。「我等の国籍は天にあり。」ハレルヤ!!