「愛を追い求めよ」2021・9・5説教要旨

朝位真士

今日は1コリント14章1~19節を通して聖書を学んで行きましょう。この14章全体は奉仕のための賜物。徳を高め、秩序を保つこと。分解1~5預言の賜物を慕うべきこと。6~19異言を語る者の心得。20~25異言や預言を語る目的と結果。26~33公会の秩序。

34~35公会における婦人の心得。36~40結論的勧め。となつて、この14章は、12章から続いて、霊の賜物の問題に関して述べたもので、(13章は最上の賜物とも言うべき愛について述べている)、主に異言の事について述べています。異言と預言の賜物を比較し、むしろ預言の賜物を慕うべきであること(1~5)、異言を解く者がなければ教会の徳を高めないこと(6~19)、異言は未信者のためのもので、解く者がなければかえって人をつまずかせるが、預言は未信者に罪の自覚を与えること(20~25)、集会においておのおの自分に与えられた賜物によって奉仕する時秩序を乱さず、異言を語る者は、それを解く者がいない時は黙っているべきこと、預言を語る者も、他の者が啓示を受けた場合には初めは黙るべきこと(26~33)を告げ、ついでに、婦人は公会の席では黙っていなければならないことを命じる34,35)。

 聖書1コリント14章1~19節を見て下さい。まず初めに(愛を追い求める)べきことを語っています(1)。これは賜物というよりも、むしろ恵みそのもので、賜物というならば、第一かつ最上のものであります。私達は働きよりもまず品性を、奉仕のことよりもまず霊性のことを考え、そのためにまず愛を追い求めるべきであるが、次には、進んで教会の徳を高め、奉仕に成功するために、種々の賜物を熱心に求めるべきであります。賜物は神のみこころのままに与えられるものでありますが(12・11)、またむさぼるように熱心に祈り求めるべきであります。しかしそれは自分の成功、自分の名誉のためではなく、(教会の徳を高め)(12)、主の御栄光を更に現わすためであります。この意味においてパウロは、異言を語るよりも預言することを求めるように、特に勧めています。異言を語って、いかにもすぐれた賜物を持っているように人には見えても、それを解く賜物がなければ、信者の徳を高めることはありません。預言とは、ここでは未来のことを言うこととは限らず、神の霊感によって

福音を語ることで、あるいは勧め、それによって人の徳を高める(3)。言い換えれば、

これは伝道すること、説教することであります。(教会の徳を高めるために)、この賜物を求め、また豊かであることを願うべきであります(12)。異言は最初その時代に神の力のわざを表すために特別に与えられたものでありますが、当時コリントの教会には、異言の賜物を持つ者がいましたが、その異言なる者は、ペンテコステの日に弟子たちが聖霊を受けた時に語った異言とは異なったもののようであります。それは会衆に理解されず、そのために集会が混乱する傾向がありました。それゆえパウロは、異言を全く禁ずるのではありませんが、むしろ預言すべきことを勧め、集会の秩序を乱さないように警告しています(39,40)。様々な賜物は、(教会の徳を高める)ためのものであります(12,26)。パウロがここで預言を勧めるのも、教会の徳を高めるためで(3,4)異言を解くことができなければ人の徳を高めないので、やめたほうがよいと言うのであります(5,6,23)パウロは異言の賜物を持っていながら、それを用い無かった(18,19)。私達の奉仕は、ただ教会の徳や、人の徳を高めるためのもので、そのためにこそ賜物を用いるべきであります。自分の特別の力を人に知らせるためであってはなりません。かえって人に譲る謙遜な態度が必要であります。

結び

もう1度1~19節を見て下さい。賜物としての愛について語ったパウロは、もう1度霊の賜物について語り、14章では主に預言と異言を取り上げ、これに関連して教会内における秩序について注意を促しています。愛の賛歌の13章と復活の喜びを歌う15章とが2つの天にそびえる巨峰であるといえば、この14章は峰と峰との間につつましく伏している谷のようなものであります。もう1度14章の1節を見て下さい。「愛を追い求めなさい」13章の結論をここにもつてきています。霊の賜物を生かすものは実に愛であります。だからこれを追い求めなければなりません。そして、預言する者は、人に語ってその徳を高め、彼を励まし、慰める。異言を語る者は自分だけの徳を高める、預言をする者は教会の徳を高める。そして霊の賜物を熱心に求めている以上は、教会の徳を高めるために、それを豊にいただくように励みなさい。教会では、一万の言葉を異言で語るよりも、ほかの人たちを教えるために、むしろ5つの知性によって人によくわかる言葉を5つ述べて人を教えるほうが、はるかに尊いことであります。ここでまとめますと14・1~6預言は異言にまさる。預言も異言愛を規準として、すべての問題の結論を出そうとしています。14・7~11異言の欠陥。14・12~19教会の徳を高めるパウロは賜物により頼まず、教会の徳を高める事が第一として行動したのであります。結論は13章の愛によって全てのことをなすのであります、そして

すべてが神の栄光のためにすべきであり事を結論づけています。