「週報メッセージ」カテゴリーアーカイブ

2022/6/5 週報メッセージ

創立99周年を迎えて

朝位 真士 

 桜ヶ丘教会創立99周年記念の集会に、今年も岸義紘先生をお迎えすることができて、心より感謝しています。岸先生にお願いするのは今年で21回目です。

 先生は東京で誕生し、岡山で生活され、1953年3月にキリスト教系の高等学校を卒業されました。1959年4月、早稲田大学第二文学部西洋哲学専修科入学。同大学卒業後、聖絜神学校入学・卒業。米国フラー神学大学院世界宣教学修士課程終了後、Doctor of Ministry で学ばれました。米国ゴードンウェル神学大学より名誉神学博士を授与されました。

 先生は国体の水泳選手にも選ばれました。そして素晴らしいことに、サックスの名手で、CDを何枚も出されています。過日は80歳記念アルバムを出されました。お若い時から青年伝道に使命を感じられて、千人近い集会の御用をされています。今も常に若々しく、魂に対する情熱をお持ちです。日本のキリスト教会の逸材として貴重な存在です。大変博識で努力家の先生で、本当に自分を無にしてキリストの僕として働いておられます。主の御用であれば、どんなに小さな集会でも出かけられます。超教派の集会でも活躍しておられます。JTJ神学校の前校長でもあり、信徒訓練にも使命をお持ちです。また多くの注解書も出されるなど、現代のキリスト教会でマルチに活躍されています。

 私と先生との出会いは、小さな家庭集会でした。素晴らしい御用をされたことを印象深く覚えています。このペンテコステ礼拝、桜ヶ丘教会創立99周年記念礼拝に素晴らしい先生をお迎えできたことを、神様と岸先生と皆様方に心より深く感謝申し上げます。ハレルヤ!!

2022/5/29 週報メッセージ

創立99周年記念礼拝を迎えるにあたって

朝位 真士 

  来週6月5日(日)の礼拝は、桜ヶ丘教会創立九九周年記念礼拝となります。私共の教会は1923年(大正12年)6月1日、初代牧師である板井康裕先生がアメリカから帰国して世田谷区桜新町の自宅で開拓伝道を開始したことから始まりました。1930年、渋谷区栄通りに移転して「祈りの家渋谷ホーリネス教会」と改称。1942年の日本基督教団設立とともに教団に加盟し、「桜ヶ丘教会」となりました。創立当初より多くの牧師・伝道師、信徒の方々が関わって、今日まで歩んでまいりました。長く借家やマンションを教会として、その間特に西海静雄先生には大変なご苦労をされました。信徒の方々も皆さんよく協力して宣教の業を助けてくださいました。現在地には1997年12月に引っ越してまいりました。教会の歴史は本当に苦難と喜びの歴史だと思います。

 コロナ・パンデミックとなり諸集会が制限される中で、今回も岸先生をお迎えして99周年記念礼拝を守ることができ、嬉しく思います。先生の御用は21回目となります。困難な状況ではありますが、今回の特伝には40名以上の方々が来られることを祈り、チラシも数百枚用意しています。友人・知己の方々を一人でもお誘いいただき、99周年記念礼拝、ペンテコステ礼拝にふさわしく神様の御栄光を拝したいと存じます。そのため、まず毎日お祈りして神様の祝福を祈っていただき、チラシを一人でも多くの方々に差し上げてください。また電話やメールを通して親しい方々をお誘いください。コロナ・パンデミックの状況ですが、神はすべての人が救われることを願っておられます。祈り、訪問し、献げてください。

2022/5/22 週報メッセージ

祈り――キリスト者は神との交わりに生きる

朝位 真士 

  最近、J・I・パッカ著の『キリスト教神学入門』の「祈り」という項目に目が留まったので紹介します。

 神が私たちを想像し、そして私たちを救ったのは、私たちが神ご自身と交わりを持つためであった。この交わりこそ祈りである。……聖書は祈りを、神の民ひとりひとりが個人的にも、そして互いに仲間同士でも実践すべき四重の活動として教え、実際にそのように描いている(マタイ6:5~8、使徒1:14、4:24)。礼拝と賛美が言い表される。悔い改めの心をもって罪が告白され、罪の赦しが求められる。与えられた良きものに対する感謝がささげられる。そして私たち自身と他の人に対する願いと懇願がなされる。主の祈りでは礼拝と願いと罪の告白が祈りとなっている(マタイ6:9~13、ルカ11:2~4)。詩篇は祈りの四つの要素すべての模範から構成されている。……神は結果だけではなくそれに至る手段をもあらかじめ定めている。私たちの祈りは、神ご自身が主権的な意思を実現させるための手段として、あらかじめ定められたものである。……真心から神に祈るキリスト者、すなわち神を敬い謙遜な心をもって、しかも特別な恵みを意識しつつきよい心をもって祈る者は、自分自身のうちに御霊が神の子として祈る本能と彼らの天の父に対する信頼を与えてくださったことに気づく(ガラ4:6、ローマ8:15)。

 私は、祈りの生活をこれほどまでに真剣に考え、祈っていたであろうかと、深く自己反省しました。これからの祈りについて考えつつ、主イエス・キリスト様にお祈りをささげていきたいと思います。本書を通して新しい信仰の目覚めが与えられたことを感謝しています。

2022/5/15 週報メッセージ

オンライン会議に参加して思うこと                                        朝位 真士 

 5月8日午後1時より、ホ群臨時年会がオンラインで開催された。私とフミ子師は慣れない感じで参加した。内容は、ホ群の新委員の選出や2021年度の活動報告であった。最初は緊張してパソコンの前に座していたが、会議が進行するにつれて私は少し妙な感じがした。本来であれば、所定の会場に集まってお交わりがある中で議事が進められるところである。オンライン会議は、各自がその場所で会議に参加することができて、一見良いことのように思えるが、私は何か不思議な感じがした。画面上で一同接することができてはいるが、何か妙な感じがした。

 キリスト教では、主イエスを中心とした主にある兄弟姉妹との対面であるのが普通である。現在は異常事態である。オンラインでの2時間余の会議は、大変疲労を覚えた。特に眼に疲労を感じた。これは私だけの問題ではないと思う。たしかに時代の変化に教会も個人も対応していかなければならないが、一日も早くこのコロナ・パンデミックの状況が終息することを祈る今頃である。以前のように対面で主にある兄弟姉妹との交わりが再開され、福音が一人でも多くの方々へ届けられるように伝道したい思いでいっぱいである。

 「天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。」(伝道の書3:1、口語訳)

 「神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなさるわざを初めから終わりまで見きわめることはできない。」(伝道の書3:11、口語訳)  一日も早く神様の最善の時が来ることを祈る毎日である。 

2022/5/8 週報メッセージ

こどもの日に思う

朝位 真士 

  5月5日は古来から「端午の節句」として男子の健やかな成長を願う行事が行われていたので、この日を「こどもの日」として祝日とする請願が国会になされ、1948年7月20日に5月5日が「こどもの日」として制定されました。5月5日を「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する休日」と定めました。「端午の節句」が強調され、男の子の日と思われがちですが、元々の「こどもの日」は母子の健やかで豊かな生活を願い祝う日だったのです。今では「こどもの日」には、男の子だけでなく女の子も一緒になって祝うのが一般的になりました。私は「こどもの日」の起源を調べて、あらためて幼い頃に真の創造主である神様を信じることがいかに大切であるかを感じました。

 最近二人の孫が遊びに来て大変嬉しく思ったのは、二人とも聖書に興味を持ち始めたことです。フミ子師が聖書の物語、イエス様のことを話しだすと、大変興味をもってきたことに感動しました。普段はユーチューブやゲームに熱中していますが、聖書の話をすると二人とも大変興味をもちました。先日、礼拝の中で聖餐式が行われた際に、8歳になる上の娘が聖餐式にはどのような意味があるのかと大変興味を示していました。聖書のマタイによる福音書18章3~5節に「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ。わたしの名のためにこのような一人の子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである」とあります。わたしはあらためて教会学校の大切さと同時に、家庭における宗教教育の大切さを感じました。

 「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、『わたしにはなんの楽しみもない』と言うようにならない前に、」(伝道の書12:1、口語訳)

2022/5/1 週報メッセージ

母の日を前に思う

朝位 真士 

 5月8日は母の日です。世間では日頃疎遠になっている母への感謝を表す日です。私の母は五十数年前、50歳で召天しました。6月25日午前0時45分頃だったと記憶しています。母は大変世話好きで、私共に優しく、従業員の方々にも親切で、皆から慕われていました。「親孝行したいときには親は無し」と言われている如くです。信者ではありませんでしたが、私の信仰には大変理解がありました。私がもう少し熱心であったら、母を信仰に導いたと思います。父は晩年、本田弘慈先生によって導かれ、キリスト教式で葬儀ができました。75歳でした。

 さて、母の日の起源について記します。アメリカ・ヴァージニア州ウェブスターのメソジスト教会に、アンナ・M・ジャーヴィスという教会学校の教師として26年間奉仕した婦人がいました。その後ジャーヴィスは亡くなり、教会での追悼会の時、娘のアンナは以前お母さんから聞いた「あなたの父と母とを敬え」の箇所を思い出し、たくさんのカーネーションの花をささげ、お母さんを偲びました。このことが列席者一同に大きな感動を与え、やがて有名な百貨店王といわれ後に大臣になっても教会学校の校長を続けたジョン・ワナメーカーの賛同を得、同氏の店頭で5月第2日曜日に盛大な祈念会が催されました。これが母の日の始まりで、1908年(明治41年)のことでした。1914年にアメリカ議会は5月第2日曜日を母の日と定め、国旗を掲げてお母さんに敬意を表すことになり、やがて母の日は全世界に広まったのです。

 教会は「母なる教会」と一般的に言われています。私の母教会は北九州復興教会で、1961年12月24日、18歳の時に救われて、62年目を迎えます。私自身、信仰成長をしていきたいと思います。

2022/4/24 週報メッセージ

ホ群教師の召天に際して

朝位 真士

 先日、フミ子師の関係で牧師婦人に連絡をしたところ、御主人の牧師先生が4月17日のイースター礼拝後に召天されたということを聞き、私共は大変ショックを受けました。その牧師は長く地方で地道に牧会伝道をされ、現役時代はホ群委員としてホ群の中で指導的な立場でした。私は生前先生が牧会された地方の教会を訪問させていただきました。民家を改築して、教会として用いていました。先生はそこで牧会され、一時は関東の教会に転任されました。会堂建築の諸準備をして、あえて地方の教会へ赴任されました。晩年、教会を建築された後、若い伝道者に任せ、息子さん家族と同居して平安な日々を送っておられたことをご夫人より伺いました。いつもご夫婦でホ群などの諸集会に出席されていました。先生は2022年のイースター礼拝を守られた夜、安らかな姿で召天されたことを伺いました。生涯の最後に相応しい召され方であったと思います。3人の息子さんは立派に成長され、それぞれ自立しておられることを伺いました。ホ群の初期の先生方や信徒の方々は、貧しい中にも信仰生活を全うされました。先生はホ群の模範的証し人だと思います。

「主の慈しみに生きる人の死は主の目に値高い。」(詩116:15)

ご遺族の上に神の慰めと祝福を祈ります。

2022/4/17 週報メッセージ

 イースター礼拝を迎えて

朝位 真士 

  キリストの復活は、わたしたちにどのような益をもたらすのでしょうか。ハイデルベルク信仰問答の問45の答に次のようにあります。

  第一に、キリストは、復活によって、死に打ち勝ち給いました。その死によって、わたしたちのために獲得して下さった義に、与らせて下さるためであります。第二に、その御力によって、今や、わたしたちも、新しい生命に生きるものに呼び覚まして頂きました。第三に、キリストの復活は、わたしたちの祝福された復活の確かな保証であります。(聖書引用、ローマ4:25、Ⅰコリ15:16~18、54以下、Ⅰペト1:3、21、ローマ6:4、エフェソ2:4~6、コロ3:1~3、5、ローマ8:11、Ⅰコリ15:12、20~22)

 私はハイデルベルク信仰問答の教理問答を久しぶりに学び、キリストの復活の記事に触れ、1961年12月24日に受洗してから61回目のイースター礼拝を迎えて、あらためてキリストの十字架と復活の出来事は私のためであったと、神に感謝いたしました。皆様方もイースター礼拝を迎えられて、どんな風にお感じになられたでしょうか。コロナ禍、ロシアとウクライナの戦争、人間関係の希薄な時に、主イエス・キリストの復活を私たちの心の中に迎えようではありませんか。

2022/4/10 週報メッセージ

イースター礼拝を迎えるにあたって

朝位 真士 

 3月2日(水)より4月16日(土)まで、受難節(レント)の時期です。キリストの受難と復活を学ぶ時期を過ごせることを感謝します。来週4月17日(日)は主の復活を祝う、キリスト教最大のお祭りであるイースターですが、春分の後の最初の満月の次に来る日曜日ということになっています。このため、わたしたちの使用しているグレゴリオ暦では、毎年日付が変わってしまいます。教会では主の復活を記念して、早天野外礼拝を行うところが多くあります。また、死んだような殻を破って新しい生命が出てくることの連想から、彩色された卵が配られます。キリストの新しい命を象徴しています。

 今年もコロナ禍の中で、イースターの祝いを盛大にすることができませんが、三密を避け、手指の消毒をし、マスクをして礼拝を守りましょう。ある牧師が、「三密(密集、密閉、密接)を避けなければならないが、イエス・キリストには三満があります」と言われました。クリスマスによく読まれるヨハネ1章14節に「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた」とあります。①栄光、②恵み、③真理の三つの満があります。イエス・キリストは栄光、恵み、真理に満ちておられました。コロナ禍の中ですが、三満に充足していただきましょう。

 2022年のイースター礼拝を、来週心からお祝いいたしましょう。栄光、神にあれ!!

2022/4/3 週報メッセージ

2022年度を迎えて

朝位 真士 

 2021年度も様々な出来事が起こりました。コロナウイルス感染症が終息しない1年であり、ロシアとウクライナの戦争が今も続いています。大国が小国をいじめている中、先日プーチン大統領のクリミア戦争8周年の記念メッセージがありました。その中で彼は聖書の言葉を引用して、私は残念に思いました。

 荒野の誘惑の記事(マタイ4・1~11、マルコ1・12~13、ルカ4・1~13)で、サタンも聖書を引用してイエス様を誘惑しようとしました。もちろんイエス様は御言葉を正しく適用してサタンの誘惑に勝利されました。ここで考えなくてはならないのは、御言葉の真意を理解して、信仰生活に活用しなくてはならないということです。私は御言葉を語る者として、本当にこの時にふさわしい言葉であろうかと、祈りつつ考えなければならないと思っています。

 新年度となり、わが教会は九九周年を迎えますが、財的にも人数的にも大変厳しい状況にあります。世は変わり、人は変わりますが、イエス・キリストは昨日も今日も変わりません。昨年より一歩でも二歩でも信仰の成長をさせていただきたいと思います。今年度与えられた聖句は、「わたしたちの主イエス・キリストの父である神が、ほめたたえられますように。神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生まれさせ、死者の中からのイエス・キリストの復活によって、生き生きとした希望を与え」(Ⅰペトロ1・3)です。