2026/4/26 週報メッセージ

主イエスの死こそわが命

川﨑 信二

「わたしたちは、いつもイエスの死を体にまとっています、イエスの命がこの体に現れるために。」

「主イエスを復活させた神が、イエスと共にわたしたちをも復活させ、あなたがたと一緒に御前に立たせてくださる」 コリント二4:10、14

 十字架のアクセサリーを身に着けていても文句を言う人は誰もいません。クリスチャンでなくても十字架のネックレスを着けていると「ステキね」と褒められます。十字架が当時のローマ帝国で最も残酷な死刑の道具だったのに気持ち悪いと思う人はいないのです。

 4年前、パリのファッションショーにロープの輪をあしらったネックレスをしたモデルが登場し、それを手掛けたフランスの高級ブランド社が批判を浴びました。絞首刑の縄を模した、と物議を醸したのです。

 英国を代表するラグジュアリーの一流会社は2019年ロンドンでの新作コレクションの展示会にて首吊り紐をデザインしたアクセサリーを発表。これに対し有名モデルの一人が猛烈に抗議をしたと言われています。

なぜ、それよりも酷い処刑道具である十字架には何も言わないのでしょうか。

 それは主イエスの死が、私の救いに関係するからです。主イエスが死から復活された喜びを常に身に帯びることで、神様の愛を忘れないようにと願うからです。教会堂の屋根に高々と十字架をかかげていても「撤去してほしい」と言う人を見かけたことがありません。

主イエスの十字架の死がなければ、私たちに永遠の命はないのですから。

主の愛を身に着け、主の死を掲げてあゆむ私たちでありたいものです。