「希望の源なる神」2020・1025説教要旨

朝位真士

 今日はローマ15・1~13節を見ていきましょう。この15章は一致と自己放棄。種々の満たし。霊的負債。1~13信仰の弱い者に対する愛の態度。1~4弱者のためのキリストのような自己放棄。5~7キリストにならってのキリスト者の一致。8~12ユダヤ人と

異邦人の一体となっての讃美。13喜びと平安の満たし。14~33節パウロ自身に関する陳述。14~16本書を記した理由。17~21パウロの使命と働き。22~29ローマ訪問の希望。30~33祈りの要求、祝祷。と分解しています。

ローマ15・1~13節を見て下さい。一致は聖霊の与えられるものでありますが、謙遜、柔和、寛容、愛を持って、互いに忍び合い、これをも守らなければなりません。(エペ4・2~3)。そのために、福音的自由を会得した信仰の強い者も、弱い者と歩調を合わせるために、自ら弱い者のようになって一致しなければならない。(1)、この15・1~6節声を合わせて、パウロは、12章以下に、キリスト者の實践をとりあげ、キリスト教共同体に属するキリスト者1人1人のあり方、世俗的権威に対するキリスト者の態度、食べ物の問題、特定の日を重んじる問題などについて指示を与えた。15章にいたって、彼は、すべてを言い終わったことの喜びを抑える事が出来ないので、これを祈りとしてあらわし、全キリスト者が勝利を称える大合唱に加えられるように願ったのであります。キリスト者の勝利は、十字架を負う生活の中にあります。強い者は弱い者の重荷を担うのであります。これは、キリストとの生命的なつながりを持つことであります。苦しみなくて栄冠はありません。これが、キリスト者の生活の原理であります。重荷を負うには、忍耐と慰めとを必要とします。この2つは、聖書と神から出て来ます。忍耐は、ただ忍従という意味だけでなく、大胆と堅実という要素をも含んでいる語であります。ここに、希望の基礎があります。希望は勝利の希望であって、キリスト者の心は、ここに焦点を合わせられ、大合唱となって、勝利の歌が歌い出されるのであります。これこそ、神をあがめることにほかならない。これが、パウロの第

1の祈りであります。7~13節は全人類の参加。キリストもわたしたちを受け入れて下さったように、あなたがたも互いに受け入れて、神の栄光をあらわすべきであります。とパウロは語っています。パウロは、キリストを媒介にする一致の問題をさらに具体的にしています。キリストは神の真実を明らかにするために、割礼のある者の僕となられたという救済史を今1度明らかに示し、救いが、全人類に及んでいることを印象づけようとしたのであります。そして、パウロは、詩篇18・49,申命記32・43、詩篇117・1、イザヤ11・1,10,の順序で、ギリシャ語70人訳聖書を引用して、イスラエル人と異邦人とは1つの旗の基に集められ、神への讃美に全員が参加するという予言を示しています。もう1度12節を見て下さい。信仰は、キリストのみわざはキリストの独走ではなき、父なる神のみこころと一致する御業であることを知るのであります。

結び

特に15章13節をみてください。この祈り中には、希望の出所なる神、この神に対する信仰、信仰の中で与えられる喜びと平和(平安)とが、筋道正しく献げられています。さらにこれが聖霊によって、神との生命的な繋がりによる希望となるようにと、パウロは祈るのであります。信仰はともすれば、人間のわざと考えられがちであります。信仰が、神の御業への反射運動で、神の賜物にほかなりません。これを確認され続けるためには、聖霊の力添えがなければなりません。聖霊は、キリストを証し、神は天にいまし、人は地上にあることを私達に忘れさせたまわないからであります。このようにして、希望は、与えられるものであることが、はっきりしてくるのであります。もう1度15・13節を見て下さい。今日のテーマはここより題をつけさせて頂きました「希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなたがたを満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせてくださるように」わたしたちも、「神の栄光のためにキリストが受け入れてくださる」(15・7)という恵みにあずかった者として、信仰と、希望と愛を持って、自分たちの置かれた場所で神の栄光をあらわしていきたいものです。希望の源である神、まさに恵みの源泉です。主を信じ、信頼するという信仰のパイプからあらゆる喜びと平和・平安が流れ出ます。そして聖霊の導火線によって希望に満ち溢れるようになるのです。祈りましょう。