「週報メッセージ」カテゴリーアーカイブ

2025/8/24 週報メッセージ

力を捨てよ

川﨑 信二 

「主はこの地を圧倒される。地の果てまで、戦いを断ち弓を砕き槍を折り、盾を焼き払われる。

『力を捨てよ、知れ。わたしは神。国々にあがめられ、この地であがめられる。』」 詩編46編

 この箇所は、武力に依り頼むのか、それとも平和の主に依り頼むのか。主を見上げ、主に祈ろう、という主題が込められています。当時、イスラエルは王制度を敷き、軍隊を持って敵の攻撃から自国を守ろうとしていました。現代のイスラエルと同じく、周囲の国々との緊張関係が絶えませんでした。弱小国がとるべき道は、大国に屈し従属するか、隣国と協定を結んで大国に反抗するか、中立政策をとるか、極めて難しいかじ取りを迫られていました。

 周辺国の軍事環境によって政策が見直されていく。今の日本において、中国やロシア、北朝鮮の軍事力強化によって、わが国の防衛姿勢を変えなければ周辺国に太刀打ちできない、と考える人たちが増えています。

 日本は島国ですが、今は海を越えてミサイルが飛んでくる時代です。軍事防衛に関しては意見が分かれます。当時の聖書の時代を見つめながら、私たちキリスト者が平和を覚えてどのように生きるか、を考えたいと思います。

 預言者イザヤが主張したのは、政策ではなく、先ず神に頼ることです。2章4節に具体的な戦略が示されています。

「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし 槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず もはや戦うことを学ばない。」

 人を殺す武具ではなく、農作業の道具。つまり、命を生み出ものです。私たちは、主の教えを学び、戦いのことは二度と学ばないようにしたい、と願わされます。

 主イエスの時代に、人々は「イエスに政治的な指導者となってもらって、ローマ帝国を屈服させてほしい」と願っていました。けれども主イエスは愛の道を選ばれ、十字架の死を遂げてくださいました。この犠牲の死こそ、救いと平和の道なのです。

2025/8/17 週報メッセージ

祈 り (マタイによる福音書6:6〜13)

川﨑 理子 

「祈り」とは、いったい何でしょうか? 祈りとは「神様との対話」と言う人もいますし、「願いごとを述べること」「感謝すること」「賛美すること」と言う人もいます。

 イエスは弟子たちの「わたしたちにも祈りを教えてください」(ルカ11:1)との願いに応えてこう言われます。

「奥まった部屋」で「隠れたところにおられる」神に祈りなさい(マタイ6:6)。人前でなく、誰も見ていない所で、全てを神に集中して祈りなさい、と勧めているのです。  

まさに「くどくど祈る」姿は人を意識した偽善であり、「彼らのまねをしてはならない」(マタイ6:7)と主は忠告されるのです。

「あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなのだ」(マタイ6:8)と言われた上で、あえて「こう祈りなさい」と「主の祈り」を教えてくださったのです。

主の祈りは週報に記載されています。聖書では「天におられる父よ」という訳で始まります。「父よ」という呼びかけは「アッバ」と言い、子供が「お父ちゃん!」と話しかける時の言葉です。これは、神様が私達と親密な関係になってくださったことを意味します。子なるイエス様が心の底から信頼している父への呼び方は、私達にも神を「お父さん」と呼ばせていただける恵みを示しています。

この呼びかけが祈りです。神様と私達は親子です。イエス様のとりなしによって、神の子とさせていただいたのです。なんと幸いなことでしょう。子どもの全てを知り尽くしておられる父なる神様に向って祈ることができるようになったのです。

親しい呼びかけのあと、「御名が崇められますように」「御国が来ますように」「御心が行なわれますように」と、神による救いの完成を祈ります。後半は、私達の祈りです。

「必要な糧を今日与えてください」「わたしたちの負い目を赦してください」「誘惑に遭わせず」「悪いものから救ってください……」。

「主の祈り」はイエス様が「こう祈りなさい」と教えくださった祈りです。

私達に近づき、親しくなってくださった神の呼びかけに応えて「アーメン」と主を賛美しましょう。

2025/8/10 週報メッセージ

主のわざによる教会

川﨑 信二 

よく「あそこの教会は〇〇牧師の教会だよね」と言われます。教会は牧師の教会ではなく、信徒の教会でもなく「主の教会」。健全な教会は人ではなく、神ファーストです。

桜ケ丘教会は創立102年の歩みを進めています。『創立100周年記念誌』を見ると、1923年に板井康祐福音使が、世田谷新町のご自宅で伝道を始められたことが記されています。個人の篤い信仰が神に用いられたことが分ります。

「あなたがたのうちに働きかけて、その願いを起こさせ、かつ実現に至らせるのは神であって」(ピリピ2:13口語訳)、板井先生の祈りを神が「よしとされた」(同)ことを感謝します。

1925年に「駒澤新町112にて集会所を借用し、伝道開始」。板井先生は駒澤ホーリネス教會に任命されています。リバイバルと共に教勢が伸び、1930年に「駒澤教會は澁谷に伝道所を設けて板井康祐が澁谷に転居(栄通1-16)。「祈りの家澁谷ホーリネス教會と称する」ことになり、さらに日本ホーリネス教会の分裂事件により、1937年「日本聖教会澁谷聖教会の伝道者として板井康祐が任命」されます。「渋谷駅前の桜ケ丘(澁谷區櫻丘五)に家を借り」、板井先生は澁谷を主として駒澤を巡回地として兼任することになりました。「桜ケ丘」の名称は「渋谷の櫻丘」から来ています。

1941年、日本基督教団成立と共に教団に加盟しました。

世田谷新町、駒沢、渋谷栄通、渋谷桜丘と板井先生のご決断により転々とされています。ホーリネスや日本基督教団の事情、また戦争や宗教弾圧によって拠点を変えているのです。

教会は解散させられ、1944年、板井先生は「杉並区下高井戸1丁目の借地に家を購入し、疎開」。現在の場所の近くとなります。戦後、そこに信徒たちが再結集し、教会が形成されてゆきます。牧師個人宅を開放し、復興が始まったのです。

ホーリネス教会は監督制でしたが、少しずつ個人から教会組織へと整い始めます。ことに「無牧」の時には信仰が試され、教会が成長していきました。教会規則は「この教会は〇〇」という言葉で始まります。牧師よりも「信徒の規定」が先に書かれています。牧師中心の教会は牧師が居なくなった時に揺れます。しかし、主を中心に信徒の方々が信仰をもって歩むときに、教会は祈りの内に前進するのです。

教会は主のものです。この教会も主の教会です。

2025/8/3 週報メッセージ

日本伝道の幻を語る

川﨑 理子 

「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ。」マルコによる福音書16章15節

7月29日㈫〜30日㈬ 日本伝道の幻を語る会が、新宿西教会を会場にして行われました。「幻を語る会」は「日本キリスト伝道会」の「宣教」を担う働きとして上記の御言葉を中心に進められてきました。

 「日本キリスト伝道会」は1963年「1千万救霊」の幻が与えられて創設されました。今年2025年で62周年を迎えます。「幻を語る会」は今年で第56回です。

 主講師は大嶋重徳先生(鳩ヶ谷福音自由教会牧師)で、講演「若者と高齢者、ともに居場所となる教会」と、宣教大会「私の民がたくさんいるから」と、2回の御用をして下さいました。先生は幼少期から教会へ通い、教会学校で育ちました。学年が上がるたびに、一人、また一人と仲間がいなくなる〜こぼれていく~と、先生は表現されていました。

その体験から「礼拝式」を見直したこと、御言葉の分かち合いを通して「演じなくてもよい教会の交わり」を立ち上げたことを話されました。弱さを出せる場所、若者と高齢者が神様に役に立てることが「居場所になる教会」である、と。

 宣教大会では「恐れないで」「語り続ける」(使徒18:9)恐れに陥りやすい私達をよく知っておられる神様が、「あなたを襲って危害を加える者はいない。この町には、わたしの民がたくさんいるのだから」(使徒18:10)。

なぜ、私達が主に出会ったのですか? それは「わたしの民」と呼んでくださる神の招きに応えたからでしょう、と大嶋先生は私達に問いかけておられました。

 「そこで、パウロは1年6か月の間腰を据えて彼らの間で神のことばを教え続けた」(使徒18:11)

「腰を据える」とは「本気を出す」こと。主に贖われて、罪赦された者として「本気」で神の愛を語りたい。「私にしかできない」ことをさせて頂きたい、と願わされたことです。

 二日目は「ビジョンを語ろう!」「文書伝道は心にしみる」(守部喜雅氏)、「賛美は心を開く」(須郷祐介氏)、「映像は遠隔地にも礼拝を届ける」(川村秀夫氏)の話を興味深く伺い、その後の小グループでの話し合いでは、皆のお顔が輝いていました。

感謝感謝の二日間でした。

2025/7/27 週報メッセージ

これに聞け

川﨑 信二 

 山に登られた主イエスは祈っているうちに「顔の様子が変わり、服は真っ白に輝いた」。いわゆる「変貌山」の出来事です。ペトロは「ひどく眠かった」(ルカ9:32)ので「夢」かと思いがちです。しかし仲間(ヤコブ、ヨハネ)も同じ体験をしているので夢ではありません。

 主イエスは以前「死からの復活」(ルカ9:22)また「神の国」(9:27)について言及しています。夢ではなく、ここは「天国の入口」かと思います。ペトロは興奮して言います。

 「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのために、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」

 小屋。極めて地上的な言葉です。天国には住まいは要りません。彼は偉大な人物を見て「夢なら消えないでほしい」と、この地上に引き留めておきたかったので「仮小屋」的な発言となったのでしょう。

 しかし、地上よりも天国が大切です。その天国の鍵を握っているのはモーセ(律法)でしょうか。エリヤ(預言)でしょうか。モーセもエリヤも鍵は持っていません。天国の鍵は主イエスが持っておられるのです。

雲が現れ、モーセやエリヤが隠れてしまい、雲の中から「これはわたしの子、選ばれた者、これに聞け」と言う声が聞こえました。「これ」とは他でもないイエス・キリストのことです。「雲」は見えない世界。地上にこだわる者、この世に未練のあるペトロを目覚めさせてくれたのです。

 先にペトロは「あなたこそ神のメシアです」と告白しましたが、それは政治的メシアであって、この世の権力者を期待していたに過ぎないのです。エジプトからイスラエルを導き出したモーセのような、天から火を降らせたエリヤのような「力の指導者」を待ち望んでいました。主イエスは王様になる気はなく、十字架の死に至るまで謙遜な方でした。その主の顔が輝き、服が真っ白に輝いたのです。

「あなたこそメシア」と告白したペトロでしたが、「三つの小屋を」と言ってしまいました。3つ……主イエスを旧約の二人と同列に並べていたこと。告白は立派でしたが、信仰の中身は間違いだらけでした。

 十字架の、謙遜な主イエスだけが我らの住まい、我らの栄光です。この方に聞き従いましょう。

2025/7/20 週報メッセージ

愛に生きる人

川﨑 信二 

かつてクリスチャン政治家として、北村徳太郎という人がいました。彼は運輸大臣、大蔵大臣までされた方で、福祉国家建設に情熱を傾けました。ゆりかごから墓場まで、これこそ理想の国家と信じ、福祉国家北欧を視察したのです。

しかしそこで彼が見たものは、無気力、頽廃の様でした。彼は福祉国家に絶望し、幻滅したのです。にも拘らず、よりよき社会を建設することは、意義あることです。しかし、神なき社会はどのように改造しても、自ずと限界が出てきます。究極は、人間が社会を動かすのですから。

地上に平和を創り出すのも、よりよき社会を建設するのも「神の業」であるから、人間の力でやり遂げようとするならばどんな善行でも行き詰まることになるでしょう。

北村徳太郎の理想国家の建設は失敗に終ったのでしょうか。しかし、その主にある愛の業は豊かな実を稔らせたことを一言述べておきたいと思います。実に北村は我が家にとって忘れられない恩人でした。

私の祖父川﨑義敏が佐世保教会の牧師であった昭和18年3月に47歳の若さでクモ膜下出血のため急逝し、祖母と7人の遺児たちが路頭に迷う事態となった。その時高知教会長老の北村長老が遺児献金を全国に募ってくださり、自らも援助され、戦中戦後の厳しい時代を未亡人の祖母と父たちは生き抜くことができたのでした。

祖父の死は川﨑家にとって試練でしたが、北村長老と教会の温かい支えをいただいた遺児たちは全員信仰告白に導かれ、3人が牧師となり、さらに次の世代もまたその次の世代も救いの恵みをいただています。

政治の、華やかな舞台では思うようにならなかったとしても、目の前にいる悩める友を救いに導いた功績は大きいと思います。神の業は国家制度という形よりも、むしろ、愛に生きる人を通して、信仰の実として現われることを改めて思わされた次第です。よきサマリア人の喩えは「異邦人や敵をも愛する」ことを意味します。私は、それ以前に、身近な同胞や家族にさえも、愛を注いでいるだろうか、目の前の人を愛せなくて大きなビジョンを語る資格などない。「小事に忠実」を痛感させられています。

2025/7/13 週報メッセージ

ささげもの(Ⅱコリント8:1〜15)

川﨑 理子 

この箇所はエルサレム教会への献金について「マケドニア州の諸教会」に倣ってささげてほしいと、パウロがコリントの信徒達へ語っているところです。マケドニアの諸教会は決して豊かではなく、むしろ激しい迫害の中で貧しかったのですが、エルサレム教会の危機を聞き、それぞれの力以上に「自発的」に「慈善の業」と「奉仕」(3、4)をしている、というのです。

豊かだったエルサレム教会がどうして危機的な状況に陥ったのかは分かりませんが、マケドニアの信徒達は率先して献げ、「神の恵み」⑴に立って支援しているのです。

だから、あなたたちも同じように「やり遂げなさい」とパウロは勧めているのです。

 実は、コリント教会は慈善の業を(去年から他に先がけて)始めたのですが「献金」をする方向性に疑問を持つ者達が出てきて、止まってしまっていたのです。

 この支援の業には「震災後の復興」と重なるところがあります。復興の最初はハード面に力を入れます。それと並行してソフト面のケアも必要です。こちらは心身への働きかけですからデリケートです。どちらも「何時まで」「どこまで」支援するのかを悩み、挙げ句の果てに休止する場合が出てきます(本当は継続性が必要)。支援する目的が分からなくなり、行き詰まることがあり得るのです。

 パウロは「あなたがたは信仰、言葉、知識、あらゆる熱心、わたしたちから受ける愛など、すべての点で豊かなのですから、この慈善の業においても豊かな者となりなさい」⑺と励まします。更に「主イエス・キリストの恵みを知っている」⑼ のだから、その恵みを他の貧しい人とも分かち合う」ようにと諭しています。

「支援」が目的ではなく、神から頂いた豊かな信仰をもって、神に向かって献げる思いで支援の業に励むのです。

 主イエスはご自身を捧げました。十字架こそ恵みです。これを忘れると自発的な思いが薄れ、義務感に包まれます。ささげものは義務ではなく感謝の応答です。主の献身に私達も応えたいものです。

「主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだった」⑼

2025/7/6  週報メッセージ

世の光として(フィリピ2:12〜18)

川﨑 理子

 使徒パウロが書いたこの手紙は、フィリピ教会からの贈物への感謝、自身の近況報告(監禁の中での)、そしてフィリピ教会に対する「忠告と勧め」によって構成されています。一番の目的はこの「忠告と勧め」です。

一部の人々が「反対者たちに脅されてたじろぐ」状況(1:28)にあって動揺しないように、「不一致が生じていた」中で一致して歩むように、「キリストを模範」とするようにとパウロは勧めています。

まず、キリストを見上げることです。それぞれの欠点を見る前に、同じ神の恵みに立つことです。自らが「救いの確信」をしっかり持つことによって「何事も不平や理屈を言わない」(14)者へと成長させて頂きます。そのことで「よこしまな曲がった時代」にのみ込まれず、教会が世にあって証することができるのです。

 私たちは弱く、罪深く、とてもとても「非の打ちどころのない神の子」(15)にはなれません。また私たちの中には「命の言葉」(16)はありません。しかし、イエス・キリストは完全です。永遠の命を与えてくださり、十字架の贖いにより私たちの罪を赦し、救ってくださるゆえに、「星ように輝き」(15)、喜ぶ者とさせて頂けるのです。

この福音を語ることによって、またキリストを礼拝することによって、たとえ「わたしの血が注がれるとしても」(17)喜ぶことができるのです。キリストの名のゆえに迫害されても喜ぶ。現代の私たちにそれができるでしょうか。

だからこそ、様々な教えに惑わされないで、主イエス・キリストのみを見あげて歩む私たちとさせて頂きたいものです。

2025/6/29 週報メッセージ

ホーリネス弾圧事件を覚える

川﨑 信二 

『桜ケ丘教会創立100周年記念誌』の歴史の中でも記載されていますが、1942年6月26日の早朝、ホーリネス系の教職者96名が一斉に逮捕され(第一次検挙)、1943年2月にも追検挙が行われて、合計134人が逮捕された出来事のことをホーリネス弾圧事件と呼びます。

詳細は、日本基督教団に併合された私たちのルーツである第6部(旧日本聖教会)が60人、第9部(旧きよめ教会)が62人、教団に加わらず宗教結社を貫いた東洋宣教会きよめ教会が12人の検挙されました(検挙者のうち75名が起訴、7名が殉死)。逮捕は治安維持法(1925制定)違反によるもので、これは社会主義運動や労働運動をとりしまる法律でしたが、後に天皇を中心とする国体を否定する行動にも適用され、処罰に死刑も加わる悪法となりました。

 1943年4月宗教団体法及び宗教結社禁止令により上記の教会は解散を命じられ、当時の桜ケ丘教会も礼拝できない状況となりました。ホーリネス系教会にのみ処分が下され、教団の統理者からもホーリネス系教師の謹慎が命じられました。教団は政府の方針を歓迎し、6部と9部の教会を切り捨てることを受け入れたのです。教団の幹部〇〇主事は「彼らの熱狂的信仰は我々教団では手の下しようもないくらい気違いじみているため、これを御当局において処断して下さったことは教団にとり幸いであった」と述べています。「熱狂的」と見られた教理は「再臨信仰」でした。主イエスが王として来ることを待ち望むことが、天皇の国体を否定する教えと見なされたようです。

 もちろん誤解ですし、弾圧容疑の口実に使われたような気がします。私たちは聖書に示されている主イエスの「再臨信仰」を生きる根拠としています。

「あなたがたも用意をしていなさい。思いがけない時に人の子が来るからである。」 (イエスの言/マタイ24:44)。

「イエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」(使徒1:11)。

またパウロもⅠコリント15:23で主の再臨をはっきりと教えています。

 教団信仰告白や使徒信条においても、しかりです。

 国家といえど、教団の指導者といえど、この信仰を私たちから取り去ることはできないのです。

2025/6/29 週報メッセージ

ホーリネス弾圧事件を覚える

川﨑 信二 

『桜ケ丘教会創立100周年記念誌』の歴史の中でも記載されていますが、1942年6月26日の早朝、ホーリネス系の教職者96名が一斉に逮捕され(第一次検挙)、1943年2月にも追検挙が行われて、合計134人が逮捕された出来事のことをホーリネス弾圧事件と呼びます。

詳細は、日本基督教団に併合された私たちのルーツである第6部(旧日本聖教会)が60人、第9部(旧きよめ教会)が62人、教団に加わらず宗教結社を貫いた東洋宣教会きよめ教会が12人の検挙されました(検挙者のうち75名が起訴、7名が殉死)。逮捕は治安維持法(1925制定)違反によるもので、これは社会主義運動や労働運動をとりしまる法律でしたが、後に天皇を中心とする国体を否定する行動にも適用され、処罰に死刑も加わる悪法となりました。

 1943年4月宗教団体法及び宗教結社禁止令により上記の教会は解散を命じられ、当時の桜ケ丘教会も礼拝できない状況となりました。ホーリネス系教会にのみ処分が下され、教団の統理者からもホーリネス系教師の謹慎が命じられました。教団は政府の方針を歓迎し、6部と9部の教会を切り捨てることを受け入れたのです。教団の幹部〇〇主事は「彼らの熱狂的信仰は我々教団では手の下しようもないくらい気違いじみているため、これを御当局において処断して下さったことは教団にとり幸いであった」と述べています。「熱狂的」と見られた教理は「再臨信仰」でした。主イエスが王として来ることを待ち望むことが、天皇の国体を否定する教えと見なされたようです。

 もちろん誤解ですし、弾圧容疑の口実に使われたような気がします。私たちは聖書に示されている主イエスの「再臨信仰」を生きる根拠としています。

「あなたがたも用意をしていなさい。思いがけない時に人の子が来るからである。」 (イエスの言/マタイ24:44)。

「イエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」(使徒1:11)。

またパウロもⅠコリント15:23で主の再臨をはっきりと教えています。

 教団信仰告白や使徒信条においても、しかりです。

 国家といえど、教団の指導者といえど、この信仰を私たちから取り去ることはできないのです。