「皆様へのメッセージ」カテゴリーアーカイブ

2月第一日曜日の礼拝

イメージ 1写真K/Kさん提供
2月第一の礼拝では、「主を賛美せよ」というテーマで、朝位真士牧師のお話でした。
ハレルヤ
賛美せよ、 主の御名を
賛美せよ、 主の僕らよ
詩編135編1節
詩編135編は、ハレルヤに始まりハレルヤで閉じられており、主への賛美が促されているというお話でした。
主をたたえる、褒めたたえる、どのような境遇にあっても、主にあって生きる喜びを私たちは知っています。
私たちの生涯を、主を賛美しながら閉じることができるように、日々過ごしていきましょう。

2月を迎えて

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写真:1月31日(日)礼拝お花
1月は第5の日曜日がありましたが、あっという間に過ぎてしまいました。新年という言葉を意識した日々でもありました。
さて、2月は、29日ありますので、2016年が特別な年であること、オリンピックのある年であること等を思いながら、過ごしていきましょう。
昨日1月31日(日)は、「本当の幸福とは」というテーマで、朝位フミ子牧師による説教でした。
<聖書個所>
心の貧しい人々は幸いである
天の国はその人たちのものである。
悲しむ人々は幸いである
その人たちは慰められる。
柔和な人々は幸いである
その人たちは地を受け継ぐ。
義に飢え渇く人々は幸いである
その人たちは満たされる。
憐み深い人々は幸いである
その人たちは憐みを受ける。
心の清い人々は幸いである
その人たちは神を見る。
平和を実現する人々は幸いである
その人たちは神の子と呼ばれる。
義のために迫害される人々は幸いである
天の国はその人たちのものである。
幸せでありたいと、誰もが思います。そして、本当の幸せということになると、どうなるのでしょう。それは様々な幸福があると思います。
お金があるところにも、お金がないところにも、幸福は探せばあるということを教えていただきました。自分は何をやっても駄目だ、失敗ばかりの人生だと、心が貧しくなっている者に、神様は、そういう人の隣にいてくださり、幸せが見出せることを教えてくださっている。
悲しむところにも、主が側にいて慰めてくださるという幸せがあるということ。
柔和であるとはどういうことか考えさせられました。しっかりとした信仰をもっていて、揺らぐことがなく、そして寛大でいられる心の持ち主であること。イエス様の柔和さを想像しましょう。愛のあるところに、憐みと清さがあると思わされました。
神とともに歩むことによって、憐みを教えていただき、心に清さを保っていくことができるのだと感じました。
山上で説教であるイエス様のこの教えを心に留めて、2月を過ごしていきましょう。

教会の交わりについて思う事

イメージ 1写真:藤城清治美術館
チャペルステンドグラス
本日の礼拝説教は、「キリスト者の交わり」というテーマでした。
「詩編133編」(聖書個所)
都に上る歌。ダビデの歌。
見よ、兄弟が共に座っている。
なんという恵み、なんという喜び。
かぐわしい油が頭に注がれ、ひげに滴り
衣の襟に垂れるアロンのひげに滴り
ヘルモンにおく露のように
シオンの山に滴り落ちる。
シオンで、主は布告された
祝福と、とこしえの命を。
教会に集い、話し、一緒に過ごすことは、とても素晴らしい神様からのお恵みです。
油は、聖霊を指していて、聖霊が露が落ちるように静かに私達に注がれるという恵みをえることができる神の家族について、お話を聞きました。
共に座るということのお恵みは、桜ヶ丘教会において、私達信徒一人一人が感じています。
私たちは、皆個性をもって、生活環境も違う中で、教会に集います。それぞれが皆違っていますが、神の家族として、イエス・キリストを頭として主の教えに歩むという一致した家族です。
人が集まるところですから、何らかのルールが必要ですが、主を愛し、自分を愛するように隣人を愛するというルールを忘れて、他のルールを先にすることはできません。
このことは、ただ普通に過ごしていて達成できることではないと思います。
私たちが、優しさと麗しさを持たせていただくためには、愛の実践を通して、兄弟姉妹とともに座るということを形成するという目的に立ち返ることが必要と思います。
どなたかと共に座るという恵み、喜びは、誰にでも与えられています。人は一人では生きていけない。
そのような中に、露のように静かに降る主の恵み、主の祝福、そして永遠の命への約束。
主にあって、兄弟姉妹とともに座ることが許されていることに、ただ側にいることができることに、心から感謝します。

2016年の充実に向けて

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写真
藤代清治美術館チャペル
2016年は2週間が過ぎていきます。
皆様は、風邪などをひいていないですか。このところ、朝の冷え込みも厳しくなっております。
桜ヶ丘教会では、10日日曜日の礼拝後に、昼食のひと時を持ち、日常が戻った感じがしています。
新年という緊張感は、少し和らいできたのではと思います。
主が関わらない私たちの人生はいかに空しいものかということについて、お話を伺いました。
私たちの人生の主役は誰なのでしょう。
主がいかに私たちに関わってくださっているか。
日々出会う方々の中にイエス様を見つけ出すときに、私たちは、この1日にいかにイエス様に関わることができるでしょう。
聖書の御言葉に生きることの恵みを感謝します。
桜ヶ丘教会が、主の栄光を顕すことができますように、信徒の一人一人が、イエス様と関わり、主の建てた家に住まうことができますようにと祈ります。
「神よ、変えられないものを受け入れる冷静さと、変えることができるものを変える勇気とこれらを見分ける賢さを与えてください。」(ラインホルト・ニーバーの祈り)
小さな一歩からでも、変えられることがあれば、変えていくことを選び、充実していきたいと思います。
 

明けましておめでとうございます

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藤代清治美術館チャペル&ステンドグラス
皆様 
新年の朝をどのように迎えられましたでしょうか。
今年は例年になく暖かいお正月でした。
本年も、各自がそれぞれの道で主に出会い、主とともに歩むことができることを求めていきたいと思います。
1月4日(月曜日)から仕事はじめのところが多いようですが、皆様の日常は、いつものように開始したでしょうか。
桜ヶ丘教会の今年1年が、私たち信徒の1年でもありますが、それぞれが、主にあって成長させていただき、主の家族として祝福いただけるように歩ませていただきましょう。
主に栄光、地には平和がありますようにと祈りながら、日本の教会の成長、発展のために、小さなが教会ですが、光を灯しながら、イエスキリストの愛を伝えられるように進んでいきたいと思います。
あなた方の最も小さき者にしたことはイエスキリストにしたことと同様なのですと主は言われます。
人間が人間として、与えられているこの地上で生きていくことの意味を考えるときに、本当に平和の尊さを思います。主イエスは、思いを尽くし、心を尽くし、精神をつくし主なるあなたの神を愛しなさい。そして、また、汝の隣人を自分を愛するように愛しなさいとも言われました。
実態としての愛の実が、豊かに実るように歩んでいきたいと心から願います。

2015年に感謝するとともに2016年にむかって

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藤城清治美術館 
チャペル&ステンドグラス
主の御名を賛美いたします。
2015年もあと数日となりました。
皆様は、年末をどのようにお過ごしですか。
もうじき新たな年を迎えますが、この時は、いつも不思議な分岐点と感じております。
私の日常の何かが変わるわけでもないのに、新年がやってきて、年月が変わろうとしています。
桜ヶ丘教会では、元旦礼拝を例年行っています。
2016年1月1日(金曜日)11時から、行われます。
平和がこの地上に訪れますようにと、切に祈ります。
悲しみや苦しみの中にあっても、主が必ず最善をなしてくださいますよう祈り続けます。
2015年の月日に感謝するととともに、来る2016年においても、桜ヶ丘教会が主の栄光を顕すにふさわしい教会として、主が御導きくださいますようお祈りいたします。
皆様、年末年始、健やかでありますように。

第4アドベント クリスマス礼拝

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写真:藤城清治美術館チャペル
 
メリークリスマス
 12月20日のクリスマス礼拝では、「クリスマスの喜び」についてお話をうかがいました。
 毎年、クリスマスが来ると、何か忙しくも、華やかな街並みに心がついていけなくなったりすることがあります。
 また、新年もそろそろやってきて、年が明けたら新しくならなくてはと、妙に気がせかされる思いにもなります。
 心を静かにして、神様の御子イエス・キリストの生誕をお喜びするという本当のクリスマスを心からお祝いしたいと思います。イエス様の誕生については、毎年大きな驚きを覚えます。
2000年前に、ベツレヘムの家畜小屋で誕生されたイエス様にお会いした羊飼い達はなんと幸せな人々であったかというメッセージでした。イエスの誕生によって、神が褒めたたえられる。平和が地上に与えられる。
謙遜な人、心貧しい、弱い人、自信のない人、失敗ばかりしている人、生きる目的を知らない人、いつも後ろ指指されている人、この世の中では生きる価値のない人の中に神の御子は誕生されたのです。
力ある方、神様は、人々の救い主、ご自身のひとり子であるイエス様を、なぜ家畜小屋で誕生するということをお許しになられたのか。羊飼いが行くことが容易になるように、家畜小屋を選ばれたのか・・・。宮殿のようなところにお生まれになられたら、イエス様の生涯も違っていたに違いない。
大工として働き、兄弟家族を支えられたに違いないイエス様の生涯を考えるとき、私たちと同じように労苦されたイエス様のことを考えます。いろいろな矛盾や悲しみもご経験されたに違いない・・・・。十字架の苦しみを思うと、圧倒されてしまいます。
クリスマスの本当の喜びを考えるときに、私のような者もイエスキリストに会いに行くことが許されるという神様のお恵みを感じて、本当に感動いたします。主の御名を賛美いたします。いつもお支えいただき感謝いたします。
どうぞ、このクリスマスに、まだ教会にいらっしゃたことのない方も、桜ヶ丘教会にお越しください。
12月24日(木曜日)19:00~キャンドルサービスとジャズコンサートがあります。
キャンドルサービスでのお話は、神学生によるものです。
ジャズは、高田光比古バンドです。お待ちしています。

クリスマスに思うこと

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 写真:
藤城清治美術館チャペルのステンドグラス
 暖かい12月の日々が続いております。今年のクリスマスシーズンは、皆様いかがお過ごしでしょうか。
 イエス様の誕生によって、私たちはどのような恵みの時代にいるかを、もう一度しっかりかみしめて、主を心にお迎えして、平和の灯をともしたいと思います。
 世界中に平和が訪れることを切に祈ります。
 戦争や貧困によって、大勢の方が苦しみ、悲しみの中にあることを考えます。どうすることもできないのですが、一つの祈りをささげ続けることはできます。
小さな行動も、いくつも重なれば、大きくなると信じます。
 「幸い」
心の貧しい人々は幸いである。   天の国はその人たちのものである。
悲しむ人々は幸いである。
その人たちは慰められる。
柔和な人々は幸いである。
その人たちは地を受け継ぐ。
義に飢え渇く人々は幸いである。
その人たちは満たされる。
憐み深い人々は幸いである。その人たちは憐みを受ける。 
心の清い人々は幸いである。その人たちは神を見る。
平和を実現する人々は幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。
義のために迫害される人々は幸いである。天の国はその人たちのものである。
(マタイによる福音書第5章3節~10節)
●桜ヶ丘教会では
12月24日(木曜日)午後7時~ クリスマスイブ・キャンドルサービスとジャスコンサートがあります。
キャンドルサービスでは、賛美とクリスマスについてのお話を聞きます。メッセージは、神学生によるものです。ジャズは、高田光比古バンドによるコンサートです。素敵なジャズと一緒に、クリスマスの夜をご一緒に過ごしませんか。、クリスマスに、教会でイエス様の暖かい心に触れていただけたらと思います。

ベアンテ・ボーマン先生、ルリ子先生をお迎えして

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写真:K/Kさん提供
本日、12月6日(日曜日)は第2アドベントで、桜ヶ丘教会では、ボーマン・ベアンテ、ルリ子先生をお迎えして、チャペルコンサートを開催いたしました。
音楽の中で、ベアンテ先生が、バッハのことについて、お話をされました。
「主よ 私の嘆きをお聞きください。私に正しい信仰を与えてください」と、バッハは、困難多き人生において、主を求められたということです。
9歳から10歳の時に、父親を亡くし、15歳の時に教会の聖歌隊に入り、教会で面倒を見ていただき、育ったそうです。
ルターの本も全部持っておられたそうで、信仰者としての立ち位置は揺るぐことがなかったということです。
しかし、最初の結婚で妻を亡くし、再婚後は子供も亡くす等で、嘆き、悲しみは多く、困難がつきまとったとのこと。
しかし、主にあって、音楽を作曲したということ。
当時、バッハの曲は、過激であって、ありえないということで、誰にも受け入れられなったそうですが、それでも1,000曲創作したそうです。
バッハは、試練の中で、なぜ創ることができたのか?
「恵みの生活の中で生きる。自分の感情ではなく、聖書の言葉を握る。御言葉に沿って歩く。自分のためにではなく、人のために生きている」
そういう、バッハの姿勢から生まれた音楽だそうです。ベアンテ先生はチェロで演奏してくださいました。
本当に感動したひと時でした。
また、お話は、「永遠に変わらない恵み」というテーマでした。イエス・キリストの誕生は、1000年も前に預言されたことで、その通りに、成就されたということ。
イエス・キリストの誕生、十字架の死、そして復活されたイエス・キリストについて、これも預言のとおりの出来事であったということで、復活のイエス・キリストの恵みは、誰にでも注がれているということでした。
ですから、イエスキリストを心に迎えるということを、簡単な言葉で言い換えて「イエス様の恵みをほしい」といえば、その恵み、イエスを心に迎えるという恵みにあずかることがだれもできるということです。
どうそ、クリスマスの本当の恵みを心に受けることができますように。
天使ガブリエルは、メッセージを携えて、ナザレというがリラヤの町に神から遣わされたということです。
「マリア、恐れることはない。あなたは、神から恵みをいただいた。あなたは、身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人となり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に、父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」ルカ:1・30から33

2015年12月

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写真:K/Kさん提供
2015年も残すところ1か月となりました。
12月は、クリスマスの季節、街のイルミネーションがきれいな時期、忙しい時期等と、様々な印象があると思います。
2015年は、テロ問題が私たちの心に重くのしかかっています。世界に平和が実現するのはいつなのだろう・・・と思いつつ、日本もいつか来た道にもどらなければよいと、願うものです。
何が起こるかわからない、そんな不安も抱きながらおりますが、平和を祈り、願いつつ、12月のクリスマスの時、イエス様の降誕を祝う時を過ごしたいと思います。
さて、桜ヶ丘教会では、ボーマン・ベアンテ先生によるチャペルコンサートがあります。
12月6日(日曜日)10時半~です。
いつも素敵なチェロの音楽を聴きながら、ボーマン・ベアンテ先生のメッセージを聞くことができます。
ご自由に参加いただけますので、是非一度お越しくださいませ。
11月29日(日曜日)のメッセージは、朝位フミ子先生による、メッセージでした。
「あなた方は地の塩である。」とい聖書の箇所を通して、お話を伺いました。
「塩には2つの要素があり、①は徹底して塩であること。②徹底して完全にこの世に溶け込むこと。」ということでした。
「固まっていたのでは、塩味のよい味が出ない。人々の中に入り、助けを必要としている人を助けていく。まんべんなく溶け込んでいき、他のものを活かす、味をつける。人を感化し、励ます。塩になるためには、人に対し本当の愛を持つことができなければならない。神の愛は、裏切られても虐げられても変わらない。私たちは、祈り求めていくことで、イエスの恵みによって潤い豊かになり、その恵みは流れ出ていく。自分の力以外の力、一緒に悩んでくれる力があれば、信仰は人の支えになってくれる。希望が湧いてくる。希望が生まれてくる。」というお話をいただきました。
塩について、いろいろと考えさせられるとともに、私たちは塩になる覚悟と、そのために自分が変わらなければならない覚悟をもっていかなければならないと思います。
クリスマスに教会に来ることからでも、イエスの御言葉に触れることができ、その力、その恵みにあずかることができると思います。
寒さが厳しくなりました。健康に留意して、年末を過ごしましょう。