西東京教区教師一泊研修会
朝位 真士
さる1月30日~31日に、小金井聖霊修道院マリア館にて教師研修会が開催された。講師は吉川教会牧師兼舎監、ホ群委員長F牧師であった。
テーマは、聖書の霊性、詩25編「聖書の霊性Ⅰ、祈りの深みを学ぶ」、詩34編「聖書の霊性Ⅱ、恵みの満たしを学ぶ」であった。特に牧師の霊性を聖書を通してどのように学ぶかという話には、大変興味があった。参加者は28名であった。
講師のF先生は、深い学識経験と牧会経験をおもちの先生で、T神大を出られてアメリカ留学で3年間学ばれた方で、ユーモアの中にも深い真理を平易に解説してくださった。私は2月第2日曜日礼拝後の「聖書を読もう会」によきヒントを与えられた。具体的には下記の如くである。
聖書黙想の方法 Ⅰ聖書のテキストの概略(神の像) Ⅱ①メッセージ・ポイント ②生活への適用 Ⅲ結論
次にデボーションのもち方を記す。
黙 想 ①みことばへの応答 ②とりなし
さんび ①みことばへの応答 ②とりなし
聖 書
祈 祷 ①悔い改め ②み言 ③信仰の確信
頌 栄
私はこの学びを「聖書を読もう会」で適用できたら感謝である。これを機会にもっと聖書に親しもう。
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2012/1/29 週報メッセージ
イエスの受洗
朝位 真士
「民衆が皆洗礼を受け、イエスも洗礼を受けて祈っておられると、天が開け」(ルカ3・21)
イエスの受洗の記事はマタイ3章13~27節、マルコ1章9~11節、ルカ3章21~22節に並行記事として記されている。イエスがバプテスマを受けられた理由と意味があった。
第一に、イエスのバプテスマは御自分をその民の罪の償いのための供え物とすることを意味していた(ローマ3・24~25、5・8、イザヤ53等)。後にイエスはそのことを御自分の口から弟子たちに語られた。
第二に、イエスのバプテスマはイエスが大祭司として民の救いのためのとりなしを公に開始することであった(ヘブル5・5~7)。イスラエル人がヨハネからバプテスマを受けていた背後には、彼らがその民族の血にもかかわらず神との関係のない者、神に受け入れられない者であるという現状を明らかにする。しかしイエスのバプテスマにおいては、その公生涯がスタートする時点で、神がイエスに「愛する子」「わたしはあなたを喜ぶ」と声をかけて、イエスが神の子であると認める天の声があった。
なぜイエス・キリストがバプテスマを受けられたかについて、ルカは何も説明していない。イエスは罪なき神の子であるのだから、聖霊はイエス・キリストをそのように導いたのである。主イエスがバプテスマをお受けになった理由は、もちろん主イエス個人に悔い改めが必要であったからではない。それはバプテスマのヨハネのバプテスマが神から来たものであることが公に認められたことの表現であり、かつ御自分を罪を悔い改めるべきイスラエル人のひとりとされたことの表現であり、同時に十字架の上での死に向かっての公の歩みを始められたことの宣言でもあった。
2012年の新しい年を迎えて
2012/1/22 週報メッセージ
Aさんの召天に際して
朝位 真士
「弱い人に対しては、弱い人のようになりました。弱い人を得るためです。すべての人に対してすべてのものになりました。何とかして何人かでも救うためです。福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです。」(Ⅰコリント9章22~23節)
Aさんの召天の報に接したのは1月14日午前2時過ぎだったと思います。夜中ご遺族からお電話をいただきました。召される前の1月9日午後、Aさんの入院しておられる病院へフミ子師と見舞いに行きました。その時は意識もはっきりしておられました。その週の週末の夜中に召天されました。聞くところによるとAさんは、もし自分が死んだなら桜ヶ丘教会で葬儀をしてほしいという遺言をご遺族に語っておられたとのことです。その遺志を尊重して、教会で前夜式、告別式をさせていただきました。前夜式には百名を超える人々が出席され、告別式には数十名以上の方々が出席されました。話は前後しますが、2008年10月にAさんの奥様の葬儀をこの教会で行わせていただいたことがあり、Aさんはそのときの雰囲気が大変よかったようでした。それで自分の葬儀もキリスト教でして欲しいという思いがあったと思います。
私は常々、地域に開かれた教会として、冠婚葬祭がキリスト教の宣教のチャンスとなれば大変素晴らしいことだと思っていました。事実、奥様の葬儀を通してご親類の方が求道生活をされて、今年のイースターに関西の教会で受洗されると伺いました。今度のAさんの葬儀も、これを機に教会に導かれて、ゆくゆくは救われて受洗される方があたえられたらと、祈らずにはおられないことです。
2012年度は、あらゆるチャンスを通してキリストの福音が与えられることを、主イエス・キリストに祈る次第です。
2012/1/15 週報メッセージ
主の御心ならば
朝位 真士
よく聞きなさい。「今日か明日、これこれの町へ行って一年間滞在し、商売をして金もうけをしよう」と言う人たち、あなたがたには自分の命がどうなるか、明日のことは分からないのです。あなたがたは、わずかの間現れて、やがて消えて行く露にすぎません。むしろ、あなたがたは、「主の御心であれば、生き永らえて、あのことやこのことをしよう」と言うべきです。(ヤコブ4・13~15)
私は、今年の元旦礼拝に於いて、今年も地域に開かれた教会として、教会員の皆様方と一緒に伝道の業をさせていただこうと、張り切って確信をもってメッセージを語らせていただいた。その矢先に夕方から風邪をひいて声が出なくなり、丸三日間不自由な生活をした。健康であるということがどんなに感謝なことかと、今更ながら感じた。
久しぶりに親類の者から電話があり、喜んで電話を取ったのはいいが、彼女はガンを患って手術をした後であった。もう少し発見が遅れていたら手遅れになっていたということを、そして生かされていることがどんなに素晴らしいことであるかということを感謝していた。
私は今回の自分の経験を通して、主の前にもう一度悔い改めを迫られた思いがした。私は生来的に健康であると自負していた。そのために体を少し痛めつけたようで反省した。「あなたがたは『主の御心であれば、生き永らえて、あのことやこのことをしよう』と言うべきです」とある。自分のことを優先するのではなく、主の御心、御旨を優先しなくてはならない。そして、自分の体を神に喜ばれる生きた聖なる供え物として、献げなくてはならないと思う。
この1年、祈りと宣教と教会形成という三つにして一つなる神の御業を優先して、主のために全力を注いで励んでいきましょう。
2012/1/8 週報メッセージ
2012年を迎えてⅡ
朝位 真士
「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」(使徒18・9~10)
2012年はこの聖句が与えられて、はや1週間が経過した。今年は宣教と教会形成を積極的に打ち出したい。そのためには、役員の方々を始め教会員全体でプレーしていただきたいと思う。
桜ヶ丘教会の祈祷目標
(1)個人信仰の確立 これにはまず全員が礼拝に出席していく。そのために聖日に向けて生活を立て直していく。キリスト者の生活の中心は神を第一とした聖なる礼拝から始まる。イエス様の十字架と復活を覚え、喜びと感謝と希望をもって礼拝できることは、神様のお恵みである。それには「全員献財」(パウロはⅡコリント8章1~8節でマケドニアの教会に与えられた献財について「献財は神の恵みである」と3回も繰返し訴えている)
特に十一献金の祝福を経験して欲しい。①十一献金により私達の心を世の物欲から潔める。②経済面に豊かな祝福を得る。③霊性に計り知れない恵みが与えられる。④教会に神の栄光が現れる。マラキ3章8~10節を引用したい。
(2)全家族の救い 「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」(使徒16章31節)
家族の救いのために、真剣にお祈りしましょう。「全員祈祷」ー祈祷は信者の霊的呼吸であり、神との対話であり、御言葉を通して神に聴くのである。聖書は私達の祈りを導き、力を与えてくださる。祈祷は恵みである。
(3)個人伝道による教勢倍加 2012年は開拓元年として地域に宣教の活動をさせていただこう。一人一人の信仰向上のために、一人の魂のために1年間祈り続けてまいりましょう。
2012/1/1 週報メッセージ
2012年を迎えて
朝位 真士
新年2012年あけましておめでとうございます。今年与えられた御言葉は、使徒18章9~10節、「恐れるな、語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」です。
2011年は3月11日に東日本大震災が起こり、地震、津波、原発事故等で12月28日現在で15844人の死者、3468人の行方不明者が出ており、日本全国が大変大きな試練の中にあります。その反面「なでしこ世界一」で、悲しみの中にも一つの喜びが与えられました。また世界に目を向けると、ユーロ危機が世界的不況の原因となり、独裁者が退陣に追い込まれたりと大変な事件が起こりました。
わが教会に目を向けますと、1、2、8月と3人の方々が召天されたり、一人の方が遠方に転居されたりしました。悲しみの事柄が続きましたが、教会員の結婚式もあったことは喜ばしいことでした。
さて、先ほどの使徒18章9~10節には三つの約束が続いています。第一は、「わたし」(主イエス)が共にいる。第二に、あなたは安全である。第三に、コリントに神の選びの民は多い。主イエス自ら、コリント伝道の苦難と約束の中心におられる。
私が桜ヶ丘教会に赴任して19年目に入ります。今年は四つの目標を掲げます。①全員礼拝、②全員献財、③全員伝道、④全員祈祷です。私の育った北九州復興教会で受けた恵みを分かち合いたいと思います。故山中日出刃先生は開拓伝道から九州で有数の教会へと成長させました。それは右の四つの目標を実践したからだと思います。
2011/12/25 週報メッセージ
クリスマスを迎えるにあたって
朝位 真士
今年も無事クリスマスを迎えることができたのは感謝であるが、3月11日の大震災で被害にあわれた方々のことを思うと心が痛む思いである。
クリスマスを最初にイエス・キリストの誕生日として12月25日に祝ったのは、AD325年のニケア公会議で定められてからというのが通説で、AD354年の降誕祭の記録が残っている。AD526年にローマ皇帝ユスティアヌスの命を受けてキリスト教の新しい暦を作る時、修道士ディオニウスはその起点をイエス・キリストの誕生の年と定め、ラテン語でAnnno Domini(主の年)とした。以来、歴史を二つに分けて、キリスト誕生以前をBefore Christ(紀元前)と呼ぶようになった。
クリスマス・メッセージで有名な箇所は、「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。」(ルカ2・10~11)である。ここに大切なメッセージが含まれている。第一に「恐れるな」、第二に「大きな喜び」、第三に「救い主がお生まれになった」、第四に「主メシア」と語られている。
私は1961年12月24日のクリスマス礼拝において、故山中日出刃師の司式で受洗した。18歳であった。以来50年間、神様は私が不真実な者であるにもかかわらず、私を持ち運んでくださった。9年間のサラリーマン生活を終えて、1971年神学校(東京聖書学校)を卒業し、九州で19年間奉仕をさせていただき、1994年桜ヶ丘教会に家族4人で赴任させていただいてから18年目を迎えている。「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。」(Ⅰテサ5・16~18)
2012年が希望の年、回復の年、慰めの年、飛躍の年であるように切に祈るものである。
クリスマスイブキャンドルサービス
2011/12/18 週報メッセージ
クリスマス・チャペルコンサート 朝位 真士
ベアンテ・ボーマン先生、ルリ子先生をお迎えできて心より感謝申し上げます。私共の教会が1998年2月に献堂式を終えて、翌1999年12月19日(日)に第1回のクリスマス・チャペルコンサートで先生方をお迎えして以来、今年で13回目となります。先生は年間160回以上の演奏会や伝道会・聖会の御奉仕があり、日本全国各地、北海道から九州、沖縄まで、また海外へも福音のためなら手弁当で行かれる、まさしく神の福音の音楽伝道者です。
ベアンテ・ボーマン先生(東京交響楽団客員首席チェロ奏者、神学博士、玉川大学芸術学部の非常勤講師、全日本山岳写真協会会員)はスウェーデンで誕生され、12歳からチェロを始められ、王立音楽大学卒業後、西ドイツのフォルクバンク音楽大学院、ヘルシンキ市のシベリウス・アカデミー大学院で学ばれ、1980年に首席チェロ奏者として東京交響楽団に入団されました。フィンランドで聖書を学び、神学校で旧約釈義を教えておられる神学博士でもあられます。
ルリ子先生は武蔵野音楽大学ピアノ科卒業後、西ドイツ国立フォルクバンク大学、シベリウス・アカデミーの各マスタークラスで学ばれました。明るくて気さくで、大変活動的・積極的な方でいらっしゃいます。
私の母教会である北九州復興教会の清水会堂と曽根会堂でも先生達の特別集会があり、いずれも超満員であったと伺いました。また東京の有名なホテルでも、会費2万円のVIPの集会に三百数十名が出席したと聞いています。私達はこの素晴らしいメッセンジャー・チェロ奏者であるベアンテ・ボーマン先生のために、祈って期待したいと思います。
聖書ルカ1章26~38節から「永遠の愛と恵み」という題で、力強く恵みに満ちて語ってくださる主イエスの力に期待しましょう。