7月13日の日曜日はいかがお過ごしでしたか。7月の祈り
7月13日の日曜日はいかがお過ごしでしたか。
7月13日の日曜日はいかがお過ごしでしたか。 教団教誨師研修会に出席して
朝位 真士
6月30日~7月1日迄、国立オリンピック記念青少年総合センターで開催され、日本キリスト教団の教誨師94名のうち30名余の人々が集まった。西東京教区からは4人の中の2人が参加した。今回の講師は、元ヤクザの親分で、府中刑務所で服役していた鈴木啓之先生(府中刑務所教誨師、シロアムキリスト教会牧師)であった。17歳より17年間ヤクザの世界に身を置いて、刑務所に入所していた時、教誨師のメッセージを聞き、クリスチャンになり、献身して牧師となられた方である。彼が「ネバー・ギブアップ」(あきらめないで)という題で本当に熱く生き生きと語る姿に、「だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた」(Ⅱコリント5・17)という御言葉が浮かんだ。先生が講演の中で語った最も印象深い御言葉は、「わたしの目にあなたは価高く、貴く、わたしはあなたを愛し……」(イザヤ43・4)であった。お話の中で先生が語られた、①チャンス、②チェンジ、③チャレンジという三つのCは、私に熱烈な印象を与えた。
先生は救われて25年になり、府中刑務所の教誨師も10年以上なさっている。例話として登場した収容者の証しに神様の愛の力を感じた。彼は医者であったが、強姦殺人で刑務所で16年服役した。出所してキリスト教信者となり、全く新しい生き生きとした生き方を始めた。
余談になるが、私は帰り道、私が教誨している少女少年院を出院した少女と参宮橋で再会した。彼女の方から声をかけてくださった。私は少女の将来のため、祈りの手を下げてはならないと思った。
6月1日は、創立記念チャペルコンサートでした。 2014年度弾圧記念聖会へ出席しよう
朝位 真士
今年は6月22日午後3時~5時迄、教団赤羽教会にて弾圧記念聖会が開かれます。大友英樹師が「終末における希望」というテーマで、「彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった」(使徒2章42節)という箇所より語ってくださいます。この弾圧記念聖会は1942年6月26日に起きたホーリネス系諸教会に対する政府の宗教弾圧を覚える聖会です。
右傾化の動きがさらに濃厚となってきている今日の日本に生きるキリスト者として、私達はしっかりと御言葉に聞き、平和の君である主キリスト告白を「聖さ」をもって生きることが求められています。歴史をひもといてまいりますと、1942年(昭和17年)6月26日早朝、一斉に全国のホーリネス系教会に対して、治安維持法違反による検挙が実施されました。日本基督教団第6部(旧日本聖教会)同9部(旧きよめ教会)および東洋宣教会きよめ教会のことです。この第1次検挙においては、第6部では41名、第9部では44名、東洋宣教会きよめ教会では11名、合計96名が検挙されることになりました。さらに第2次検挙が1943年(昭和18年)2月以降に実施されたことによって、全体で128名が検挙されることになりました。第6部では、第1次検挙で41名、満州などの外地で10名、第2次検挙で9名の合計60名が検挙されました。この弾圧の中で、8名の先生方が獄死されたと聞いています。
私共のホーリネスの群は、このような先輩の先生方、信徒の方々の信仰によって継承されているのです。信仰の純粋性を維持するために、迫害・殉教も恐れないで戦った方々の信仰を学び、またこのホーリネス信仰を保持し継承するために、是非この弾圧記念聖会を覚えて出席いたしましょう。
聖霊降臨日(ペンテコステ)
朝位 真士
聖霊のくだった五旬節の日は復活から50日目であり、主イエス様の昇天の10日後にあたります。この日を「ペンテコステ」と呼ぶのは、ギリシャ語で50番目を意味しているからです。
五旬節(ペンテコステ)は、「七週の祭り」というもう一つの名でも呼ばれています。これは、主が十字架にかかった過越の祭りより七週を過ごして、第50日目より始まる1週間の祭りだからです。この祭りでは、その年の収穫の感謝と、モーセがシナイ山にて神から律法を授けられたことが記念されました。
五旬節の日、キリストの約束の通り聖霊がくだり、これにより弟子たちは神のことばを大胆に語りだしました。「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリヤの全土で、また、地の果てに至るまで、私の証人となる」(使徒1章8節)とありますように、弟子たちは神からの力を受け、キリストの十字架と復活の証人として立ち上がりました。またこの日より、新しい神の民、キリストの教会が生まれました。
私共の教会は1923年(大正12年)6月1日、初代牧師、板井康裕先生がアメリカより帰国し、世田谷区桜新町の自宅で伝道を開始して誕生しました。しかしその歴史は平坦ではなく、苦難の連続でした。まず教会堂の確保に困難を要しました。人数的にも大変困難でした。牧師・伝道師が定着しませんでした。その要因として、経済的困難もありました。また近所の方々の理解を得るのに時間を要しました。第一種教会(信徒数概ね50名以上)になり宗教法人格を取得するのに、実に68年の年月を要しました。1998年に新会堂が献堂され、これからが重要です。ペンテコステのこの日、全員心を新たにして神の教会の業のために励んでいこうではありませんか。
写真:K/kさん提供