榊原紀惠子 のすべての投稿
2010/6/13 週報メッセージ
朝位真士
日本の教会成長に障害となっているものの原因を三つの観点から列挙してみたい。
1.信徒に関するもの
信徒訓練の欠如。信徒が活用されていない。賜物が生かされていない。牧師依存が強い。教会観の不徹
2.牧師に関するもの
牧師中心、ワンマンである。牧師の霊性。一人ずもう。伝道意識のなさ。牧師職の不明確さ。牧師の姿勢。
マネージメントの不足。成長の無関心。
3.教会に関するもの
社会から遊離している。ビジョンがない。成長の認識の欠如。既成概念にとらわれている。組織の不十分
さ。聖霊の満たしの乏しさ。聖書信仰の欠如。信仰の継承の不足。経済的に貧しい。創造性のなさ。献身的
愛の不足。伝道していない。
この項目をチェックして反省して、自分たちに不足しているものを謙遜に考えて、私共の教会の障害になっているものを皆様と共に考えていきたい。エフェソの信徒への手紙2章19~22節には次のように語られています。「あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり、使徒や預言者という土台の上に建てられています。そのかなめ石はキリスト・イエス御自身であり、キリストにおいて、この建物全体は組み合わされて成長し、主における聖なる神殿となります。キリストにおいて、あなたがたも共に建てられ、霊の働きによって神の住まいとなるのです。」
桜ヶ丘教会の発展と祝福、一人一人の魂が恵まれることを祈っています。アーメン。
2010/6/6 週報メッセージ
朝位 真士
今年も岸義紘先生をお迎えできて感謝いたします。今年で10回目になります。今日語って下さるテーマは「赦された人は赦すことができる」ー7×70回の赦しーで、マタイ18章21~35節から語られます。期待いたしましょう。
「『主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。7回までですか。』イエスは言われた。『あなたに言っておく。7回どころか7の70倍までも赦しなさい。』」(マタイ18章21~22節)
岸先生は、日本全国、家庭集会、朝祷会、教会、聖会、ゴスペル・コンサート、伝道集会など、大きな集会、小さな集会に喜んで御用され、信徒向けのJTJ宣教神学校の校長でもあられます。人生のモットーは「だれのまねをするでなく、ひたすら自分自身を生きる」、「招かれる食事と頼まれる説教はことわらない」ということです。そういうわけで、来年の創立記念チャペル・コンサートにも岸先生にお願いしたいと思います。
私共の教会は、1923年(大正12年)6月1日、板井康裕牧師が世田谷区桜新町の自宅で伝道を開始されて誕生いたしました。1968年(昭和43年)西海静雄牧師が就任され、1975年(昭和50年)杉並区下高井戸4丁目、バールハイツ桜上水を購入して会堂兼牧師館としました。1977年(昭和52年)5階502号を購入して牧師館とし、1987年(昭和62年)4階404号を購入して教育館としました。
1994年(平成6年)4月1日、朝位真士・フミ子牧師が就任。1997年(平成9年)12月、新会堂に移転し、1998年(平成10年)2月、献堂式が挙行されました。
「人の心には多くの計らいがある。主の御旨のみが実現する。」(箴言19章21節)
6月6日(日)礼拝ご案内
5月最後の礼拝
2010/5/30 週報メッセージ
朝位 真士
尾山先生の『信仰生活の手引き』を読んでいましたら、「勝利の生活」の箇所が目につきましたので、皆様に
ご紹介させていただきます。
主は「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」(ヨハネ
16・33)と語っています。「もし神がわたしたちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できます
か。」(ローマ8・31) 常に神により頼み、神によって勝利を得ることが信仰生活における勝利の秘訣です。
私たちの信仰生活は、平安の生活です。その平安とは、悪魔との戦いにおいて勝利した勝利の上に築かれ
とです。
私たちが「試練」にあった場合はどうでしょうか。試練と誘惑とは違います。試練は神からのもので、誘惑
は悪魔からのものです。試練に対する態度としてまず覚えたいことは、どんな試練も神の許しなしに襲ってく
ることはないということです。試練の目的は、常に私たちの益のため、また私たちを神の聖さにあずからせて
くださることにあることを覚えたいと思います。試練に対する態度は祈ることです。試練を通して信仰生活に
重要な忍耐と謙遜を学ぶことです。
信仰生活においては、いつも謙遜に教えを受けるという態度が望ましく、学べば学ぶほど謙遜な愛の人にな
っていくのでなければ、本当に成長したとは言えません。牧師やほかの信者たちを批判したり裁いたりする人
は、そのことだけで信仰生活の落伍者と言ってよいでしょう。
2010/5/23 週報メッセージ
ペンテコステ(聖霊降臨節)を迎えて
朝位 真士
「聖霊の力は歴史が実証している。」2000年にわたる歴史は、聖霊の力をいただいたクリスチャンが超自然的な生き方をして、世界に大きな影響を与えてきたことをくりかえし実証してきました。
使徒2章1~6節には、「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。……」とあります。ペンテコステ(五旬節)の日の経験は、初代の弟子たちを決定的に変えてしまうものでした。おくびょうな弟子たちが大胆に、みじめに打ちひしがれていた弟子たちが輝くばかりの勝利の生活へと変えられたのです。この弟子たちが当時の強大なローマ帝国をさえくつがえす原動力となりました。
現代においても聖霊こそ勝利の秘訣です。聖書を通して語りかけられる聖霊のみ声に聞き従い、、聖霊の超自然的な力をいただくことができます。その秘訣は祈りです。
ペンテコステの前10日間、エルサレムの2階の部屋で120人の人々が熱心に祈っていた時に、聖霊が降って弟子たちが力強くキリストの証人となり、教会が誕生しました。現代の教会の力不足は、端的に申しますと、祈祷の力の不足です。私はキリスト者となって50年近く(1961年12月24日受洗)なりますが、今日まで喜びと感謝と希望をもってこられたのは、皆様方の祈りの支援はもちろんですが、祈祷を重視してきたからだと思います。教会の皆様方も、もし力不足を感じておられますならば、もっと祈祷会を重視しては如何でしょうか。きっと貴方の信仰生活は変革されます。シャローム。
2010/5/16 週報メッセージ
朝位 真士
私と先生との関わりの中では、私が神学校時代の千葉へのキャラバン派遣で、先生に引率教師としてご指導していただいたのが強く心に留まっています。先生は博学であるにもかかわらず、ご自分の知識や信仰を自慢なさらず、絶えず、愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制(ガラ5・22~23)を身をもって証しされておられます。
今日はヨハネ21章15~19節を通して「私を愛するか」というテーマで語っていただきます。先生の語られる説教の一つ一つの御言に、霊眼(霊の目)、霊耳(霊の耳)を大きく開いて、主の御心をしっかりと受けとめさせていただきましょう。主イエス様を愛するとはどういうことなのか、いや、主ご自信が私を愛してくださった、その大きな愛とは何であるかを、もう一度心に深くとめてみましょう。
5月16日礼拝のお知らせ
2010/5/9 週報メッセージ
朝位 真士
ジョン・ウェスレーは1703年6月17日、英国のエプオスに生まれた。父は国教会牧師で、六歳の時、牧師館の火事から危機一髪で救い出されるという経験から、神の特別な顧みを感じる。オックスフォード大学に学び、卒業後、国教会の按手礼を受け同大学の助教授に就任し、弟チャールズの始めたホーリー・クラブ運動に参加した。その規則正しい聖書研究と奉仕活動から「メソジスト」(几帳面派)と呼ばれるようになった。1735年同志と共に北米ジョージアに伝道。その途次モラピアン派の信仰に触れて感銘を受け、帰国後1738年5月24日、同派の集会に出席。霊的回心を得た。その事について、同日の彼の日記には次のように記されている。
夕方、すこぶる気は進まなかったが、オルダスゲイト街の集会に出席した。あたかも一人の人がルターの
ロマ書注解の序文を朗読している所であった。
9時15分前頃、彼の「神はキリストを信ずる信仰を通して我らの心に働きかけたもう」との言葉を聞く
や、我が心の奇しくも燃ゆるのを覚えた。その瞬間に明らかになったことは、我はキリストを救い主と信ず
るということであった。
また、キリストのみ救いを与えたもうということが、きわめて鮮やかに会得された。そして、神はかく程
までに我が深い幾多の罪をも赦し、我を罪と死から救いたもうことが真に確実にされた。
(『キリスト教ガイドブック』より)
時はペンテコステの時期、今年は5月23日(日)である。私たちの心に、ジョン・ウェスレーの如く聖霊のバプテスマをいただいて、お互いに心が燃える経験をさせていただきたい。そして一人一人が救霊愛に燃やされて、今年一人が一人をキリストにお導きしたいと祈りたい!!