榊原紀惠子 のすべての投稿

2026/2/8 週報メッセージ

人を支える御手

川﨑 信二

相田みつおさんの詩に「花を支える枝」という詩があります。

花を支える枝

枝を支える幹

幹を支える根

根はみえねんだなあ

最後の「あ」は、みつおさん直筆の味わい深い字で大きく書かれていました。

「手放しで、なんの努力もなしになるなんてものは、この世に一つもありません。目に見える花だけに心をうばわれないで、土の中の根を育てる努力、そのための土づくりの苦労など、つまり、目に見えないものの尊さのわかる心を育てたいものです。」ご自身による解説です。

 何か「縁の下の力持ち」的な感じがします。禅の影響を受けたみつおさん。なるほど、見えない所で努力している人がいてくれるおかげでこの世は回っている。災害の支援や復興のための努力には、政府の働きかけとは別に、人が見ていない所での日夜の努力によって進められていることを思い、その働きの尊さを感じます。

 一方で、この詩をキリスト教的に、聖書的に見るならば、人の努力も大切ですが、それを支えている見えない御手の働きこそ最も重要なことだと思わされます。神の御手で支えられている私たちなのです。人の功績ではなく、神の愛によって私たちは生かされている。この見えない御業こそ、私たちに本当の希望と力を与えるものなのです。

「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。」

コリント二4:18

2026/2/1 週報メッセージ

葬儀に参列して

川﨑 信二 

 伯父(父の兄)が98歳で主のみもとに召され、駿府教会で行われた葬儀に参列させていただいた。

福岡県の教会で5年、静岡県の駿府教会で33年牧会。狭心症のため1995年に67歳で隠退し、その後は九州の教会の歴史を編纂する仕事を生き生きとされていた。

伯父が或る悩める方に手書きで贈った詩が式次第の裏面に載せられていた。伯父の生き方そのものだと思った。

老人

人生の夕暮れどき

人はみな 働きに疲れ

老い衰えて

幼な子のように弱くなる

   そして

    ついに神のふところに帰る

     我が家に帰る幼な子のように

   かくて

    とこしえに み国に住み

    神の栄光を

     たたえ歌う天使の群に

伯父が息をひきとった日に伯母(父の姉)が100歳になった。誕生日会ではなぜか讃美歌「神共にいまして」を親戚一同で歌った。「また会う日まで 神の守り 汝が身を離れざれ」と。奇しくも伯父をみもとへ送る歌になった。

今は苦しみから解き放たれ、主と共にあることを信じ、またやがて私たちにも同じ道が備えられていることを確信するひと時となった。葬儀後に従兄姉たちと食事をし、久しぶりにゆっくり語らう時が与えられた。互いの信仰を確認し、残された日々を「悔いのないよう歩みたいね」と話し合った。

主が来たりたもうその時まで祈りつつ励みたいものだ。

2026/1/25 週報メッセージ

イエス様の伝道(マルコ1:14〜20)

川﨑 理子

 「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」⒁

 イエス様の伝道開始場所は、故郷のガリラヤでした。そこで最初の御言葉が語られました。「福音」は、神様からいただいた嬉しい「救い」の知らせをイエス様ご自身が語られた、ということです。

 「ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレを御覧になった」⒂

 「わたしについて来なさい。人間を救う漁師にしよう」⒄

 イエス様は弟子を召し出しています。「御覧になった」とは「一方的に注目された」ということです。スカウトです。スカウトマンというのは、じっと観察して条件を満たした人を選びスカウトするものです。

 「また、少し進んで、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、すぐに彼らをお呼びになった」(19-20)

 声をかけられた4人の漁師はイエスの招きを「すぐに」受け入れ、なんの迷いもなくついていきました。ヤコブと弟ヨハネも網を捨て、父ゼベダイを置いて主に従いました。

 漁師にとって網は命のようなものです。網を置くことは命を捨てるくらい大変な出来事です。しかし彼らは、イエス様に声をかけられたことが躍り上がるぐらいに嬉しかったのです。「神の時は満ちた」のです。

 ここに、イエスに出会い、変えられていく人の姿が描かれています。私達もイエス・キリストに出会い、召し出されています。イエス様は今も私達に「ついて来なさい」と御声をかけ続けておられます。

 イエス様の十字架の愛を語る者へと変えていただきたい。漁師が網を投げるように「福音」の網を世に投げて生きる弟子とさせていただきたいものです。

2026/1/18 週報メッセージ

阪神淡路大震災から31年

川﨑 信二

1995年1月17日㈫ 5時46分に起きた阪神淡路大震災から31年が経ちました。当時私は東京聖書学校の最終学年で卒業と初任地への準備をしている頃でした。聖書学校は前年より埼玉県吉川市に移転し、地震の揺れは全く感じませんでした。80年代に通った大学も被災しました。尼崎市に住んでいたことがあり、営業の仕事で阪神高速道路を大阪から神戸まで毎日往復していたその道路も橋桁ごと横転し、無惨な光景でした。

 桜ケ丘教会から東京聖書学校舎監に転任されて一年目の西海静雄牧師と後輩たちと共に、3月になってから車で被災地に行きました。見慣れた景色が変わり果てていたことにショックを覚えました。「私たちにできることは何か」。夏の伝道キャラバンで用いた手作りの紙芝居を持ってきて、仮設住宅に居るこどもたちを励まそうと広場に誘い、賛美歌やゲーム、聖書の話をしましたが、全く響きませんでした。こどもたちの目は虚ろで、不安のためか心が閉ざされているように感じました。

 一方的にこちらの用意したパフォーマンスは、それが神様の宣教に関することであっても通用するはずがありません。帰りの車の中で後悔し、彼らが求めていることにもっと寄り添えればよかったのに、と思いました。

4月に尾鷲教会に遣わされました。この経験から、自らのビジョンや宣教の旗を振りかざすのではなく、まずは相手の心を理解すること、いま何を必要としているのかを……。共に生きることから祈りへ導かれるのだ、ということを教えられたことです。

31年経っても消えない痛みを抱えつつ歩んでいる友人、家族の中で一人生き残り懸命に生きている知人。

 主の慰めと平安を祈るものです。日本は地震大国です。また様々な災害で被災された方々がおられます。生活が支えられ希望をもって歩むことができますように。

2026/1/11 週報メッセージ

イエス様、わたしを救ってください!

川﨑 信二

重いものを持ち上げる時、立ち上がる時に「よいしょ」という掛け声を使う場合があります。その語源がヘブライ語「イェシュア(Yeshua/ישוע/神よ、お救いください)」に由来するとの仮説があり、「救い」を求める祈りの言葉が変化して「よいしょ」になったとも言われています。確かに発音が似ているかもしれません。

 「イェ(Ye/ע」は「ヤ」とも発音され、神(ヤーウェ)を指します。「ヤ・イシュ」。「ヤ」=「神」、「イシュ」=「救い」。これはギリシャ語の「イエスース」(Ἰησοῦϛ)、ヘブライ語で「ヨシュア」(יהושע)となります。新約聖書の「イエス」は旧約聖書の「ヨシュア」と同じで、やはり「主が救ってくださる」という意味になるのです。男の子の名前に「よしや」と名付ける方がおられます。イエスだと恐れ多いけれど、ヨシュアなら「我が家と私は主に仕えます」(ヨシュア24章)という信仰に倣って、付けたいと思うのでしょう。

 そういえば、神輿をかつぐ時の掛け声にも「よいしょ」が使われているように思います。相撲の「どすこい」など神道と聖書の結びつきを語られる方もおられ、そこから「日ユ同祖論」(日本人とユダヤ人は同じ祖先から分かれた兄弟民族とする考え方)を主張される方もいます。そこまでは「どうかな?」と正直なところ思ってしまいます。

むしろ、神輿をかつぐ時に自己達成感のために「よいしょ」と叫ぶのか、神に助けを求めるのか。同じ言葉でも気持ち次第で変わるので、信仰をもって言葉にしたいものです。私たちはイエス様によって救われた身です。そのイエス様に救いを求めつつ歩めたら幸いです。ちなみに、「ホサナ」は「今救ってください」という意味です。

 いつでも、どこでも、どんな時でも、何をしていても、神に祈る私たちとさせていただきたいものです。