日本基督教団創立記念日に思う
川﨑 信二
1941年6月24日、富士見町教会にて日本基督教団の創立総会が行われた。85年が経った。日本基督教団の教憲の前文には「くすしき摂理のもとに御霊のたもう一致によって」と、創立の経緯について記されている。30余派のキリスト教団体が一つになったのが日本基督教団であるが、実際には「国家権力」によって創立に至ったのである。
この合同は教会の自律によるのではなく、国家の統制下に教会が置かれたことにより、当時の政府が掲げる国体に従う宗教とさせられたのである。1939年「宗教団体法」が成立したことで教団創立が決定的なものになり、キリスト教が国家に管理されることになっていったのである。
キリスト教信者は耶蘇と呼ばれていたが、この法律によって仏教や神道と肩を並べ、宗教としての市民権を得て誇りをもって伝道に邁進できることが期待された。他にも免税や宗教的待遇を餌に、少しずつ国策に組み込まれていった。信教の自由を国家に売ってしまったのである。
それ以前に、各教派が一致や合同に向けて促進する動きはあった。エキュメニカル(教派の一致)は開国以来たっての祈りでもあったのだ。しかしこの運動は「一つになる基準」を巡り頓挫した。諦めかけていた時に宗教団体法が成立して、一気に合同が進んだ。1940年の「皇紀2600年信徒大会」で「完全合同を期す」ことになった。そもそも「皇紀2600年」とあるように、国家の認可の下にある合同なのだ。
その中の、英国色の強い救世軍や再臨運動を行ったホーリネス教会などはすぐ除外されたのである。それでも一つになった。人の力ではなく国家の力で……。執行部の過ちや、教会の罪もある。しかし、だからこそ「くすしき摂理のもとに御霊のたもう一致」による、と言えるのではないか。
神が、国家を用い、人の罪を用い、今まで成し遂げ得なかったことを、みわざによって成就させたのである。
今置かれている場を感謝して受け止め、一致を求めて歩みたいものである。