2026/8/30 週報メッセージ

イエス様の声

川﨑 信二

私たち牧師は、エアコンの効いた礼拝堂で、マイクを用いて御言葉を取り次ぎます。聖書の解き明かしを聞くために集まった皆さんに語るのですから、福音を届けるには恵まれた環境です。路傍伝道でさえ、今ではスピーカーを使うことができるので大声を発する必要はありません。(新宿で路傍伝道の様子を先日見かけました。)

では、イエス様はどうだったのでしょうか。マイクもスピーカーもありません。ガリラヤ湖畔で大勢の人々に語られたイエス様の声は、どれほど大きかったのでしょう。

ガリラヤ湖周辺には、斜面がすり鉢状になった場所があり、地形や湖面の反射によって、声が遠くまで届きやすい自然の音響効果があったと考えられています。イエス様は、そのような場所で群衆に御言葉を語られました。イエス様の声がどんなトーンだったのか、野太い渋い声だったのか、あるいは品性のある落ち着いた美声だったのか。一度でいいからその肉声を聞いてみたい、と思うのは私だけでしょうか。

そのことよりも、私が心を留めたいのは、声の大きさではなくイエス様が「何を語られたか」です。

「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」(マルコ1:15)

私たちにはマイクがあります。しかし、どれほど設備が整っていても、語るべき福音がなければ意味がありません。イエス様が届けられた福音を、私たちも今日、心を込めて語り、また謙虚に耳を傾けたいと思います。