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2016/9/25 週報メッセージ

   桜ヶ丘教会修養会に出席して
                                                                                                          朝位 真士
  九月一八日(日)~一九日(月)迄、富士箱根ランド・スコーレプラザホテルで開催されました。テーマは「神の家族」で、「あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり」(エフェソ二章一九節)という聖句を中心に学びました。
 開会礼拝では、私が「神の家族」という題目で、聖書エフェソ書二章一一節~二二節を通して語りました。参考文献である『人生を導く五つの目的』(リック・ウォーレン)の「あなたは神の家族となるために造られた」の中に、神の家族になるためにはどうしたらよいかという問と答がありました。私たち教会員は皆「神の家族」であるという特権を持ち、神を信じ洗礼を受けることが大切です。神の家族の特権は血縁関係よりも大切です。霊的な家族関係は永遠に続くからです。そして五つの資産が与えられます。①永遠に神と共にいる、②キリストに似た者へと変えられる、③すべての痛み、死、苦しみからの解放、④労が報いられ、新しい奉仕の場が与えられる、⑤キリストの栄光にあずかる。
 二日目は山本神学生による閉会礼拝があり、テーマ「神の家族」、聖書使徒一六章二五節~三四節を通して語られました。①家族とは、②ピリピの牢獄でーパウロとシラスが神をほめたたえる賛美、③神の家族ー主イエスを信じるー神を愛する、神から愛される者の共同体。最後に、神の愛を知り、主イエスを信じてひとりでも多くの神の家族が生まれ出るように祈りたいと結びました。
 今回の修養会では、直接的に準備をしてくださったU姉やS姉、山本神学生等に心より感謝を申し上げます。また車を出してくださった方々にも感謝します。参加者は大人一五名、こども五名の計二〇名で、その内求道者が五名と、大変大きな恵みを受けました。参加された方々、直接・間接的に協力してくださった方々に、重ねて心よりお礼を申し上げます。

2016/9/18 週報メッセージ

   「神の家族」となるために造られた                                                          
                                                                                                           朝位 真士
 
  エフェソ二章一九節に、「あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり」と記されています。リック・ウォレン博士の『人生を導く五つの目的』の中で、彼は人生の目的を語っている。①あなたは神の喜びのために造られた。②あなたは神の家族となるために造られた。③あなたはキリストのようになるために造られた。④あなたは神に仕えるために造られた。⑤あなたは使命のために造られた。「あなたは神の家族となるために造られた」は、A.神の家族となるために造られた。B.一番大切なこと。C.あなたの属するところ。D.人生を共に経験する。E.共同体を育てる。F.壊れてしまった交わりを回復させる。G.あなたの教会を守る、と分類できる。神の家族になる唯一の方法は、新しく生まれることです。最初の誕生(肉体的誕生)によって人類の一員となり、第二の誕生(霊的誕生)によって神の家族の一員となるのです。
 すべての人が神の家族となるように招かれていますが、一つだけ条件があります。それは主イエスを信じることです。霊的な家族関係は、永遠に続くからです。神の家族となることにより、「遺産」を受け継ぎます。①私たちは永遠に神と共にいる。②キリストに似た者へ変えられる。③すべての痛み、死、苦しみから解放される。④労が報われ、新しい奉仕が与えられる。⑤キリストの栄光にあずかる。その条件としての洗礼(バプテスマ)は、神の家族の仲間入りをすることです。キリストを私共の救い主として信じることによってのみ、神の家族となることができます。天国(神の国)の相続人として、神の国の市民として、神の家族の一員として、生活していきましょう。                                                               

2016/10/16 週報メッセージ

   二〇一六年度後半の集会について                                                                                                                            朝位 真士
  二〇一六年度に与えられた御言葉は詩編一二六編全部、特に「涙と共に種を蒔く人は、喜びの歌と共に刈り入れる。種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は、束ねた穂を背負い、喜びの歌をうたいながら帰ってくる」(五~六節)です。
 二〇一六年度も上半期を終え、下半期に入りました。一〇月三〇日(日)午後一時半より、桜ヶ丘教会音楽の集い「山口夏実さん・犬塚彩子さんによるボサノバ」を予定しています。ボサノバは一九五〇年代にブラジルのリオで生まれた新音楽ということです。私も初めてなので今から楽しみにしています。また演奏前に、朝位フミ子牧師による「教会音楽の歴史」についてのお話があります。目標人数五〇名と祈っています。皆様もお祈りとご参加をお願いします。
 次に一一月六日(日)午前十時半に召天者記念礼拝が開催されます。桜ヶ丘教会の関係者で召天された方々を記念して、その生き様を偲びつつ、先輩方の信仰に学びたいと思います。
 一二月二四日(土)には、クリスマスイヴ礼拝とジャズ・コンサートがあります。第一部は午後七時からで、神学生によるクリスマス・イブ礼拝。その後の第二部はジャズの聖夜で、高田光比古トリオが楽しく厳かに演奏してくださいます。初めての方も大歓迎です。教会員の方々も参加ください。
 翌二五日(日)午前十時半からクリスマス特別礼拝で、チェロの名手であり、牧師・神学博士であるベアンテ・ボーマン先生とルリ子先生(ピアノ)ご夫妻が、音楽とクリスマス・メッセージを届けてくださいます。ベアンテ先生は、流暢な日本語でわかりやすくメッセージを語ってくださいます。会堂に満ち溢れる人が与えられて、救われる人が与えられるようにお祈りください。                                                         

いつのまにか秋に

                                 イメージ 1写真:K/Kさん提供
早いもので、明日から10月です。
皆様は暑い夏を何とか健やかにお過ごしになられましたか。
過日新米が送られてきて、実りの秋を感じています。
稲穂が金色に輝き、田んぼが一面緑の勢いから、黄金色に染まっている風景をご覧になったことはありますか。
日本のこの移り行く風景を見ながら、心豊かにされますね。
さて、桜ヶ丘教会では、10月に音楽のイベントを用意しています。
10月30日(日曜日)は、
   礼拝の後に、
      午後1時半から、
        音楽の集いがあります。
  山口夏実さん(ピアノ)、
  犬塚彩子(ボーカル・ギター)さん
       によるボサノバです。
 詳しくは 、
「2016年10月音楽の集い」の
        ページをご覧ください。
皆様がご参加くださるように、
お待ちしております。
なお、毎日曜日礼拝に出席できるお恵みに感謝し、心を新たに頑張ろうと決意し日々を過ごしています。
教会に来られて、ほっと一息つくことができることができたら、嬉しいと思います。

2016/9/4 週報メッセージ

   「教会存続の危機」を感じて
                                                                                                       朝位 真士
 
 上記のテーマがキリスト教会の中で記事となることが多くなりました。桜ヶ丘教会も現住陪餐会員の半数以上を天国へ送り、礼拝出席も大変厳しい状況になり、それに比例して財的にも厳しい状況になってきました。高齢化と受洗者の減少もあります。
 「教会に人が来ない」という事実に対して、その原因をどうとらえるのか。大切なことは、その原因が教会に来ようとしている人の側にあるのではなく、教会の側にあると自覚することです。日本キリスト教団の信仰告白は変わりませんし、変える必要もありませんが、教会のあり方は変える必要があるということ。そのことに真剣に取り組む時代が来たのです。当教会では、まず一つの変化として教会の看板を新しくしました。教会の行事等を入口に掲示して、集会の内容を外部にお知らせします。成果はすぐに表れませんが、少しずつ外部の方々が気づいて下さると思います。次に、誕生月の方へカードを出します。また教会に来られない高齢の方のために、教会員の有志の方々と主張聖餐に出かけています。
 もちろん、基礎となる四つの習慣が必要です。①御言葉と共に過ごす時間を持つこと。「私の言葉にとどまるならば、あなた達は本当に私の弟子である。あなた達は真理を知り、真理はあなた達を自由にする。」(ヨハネ8・31~32)②「祈り」(ヨハネ15・7~8)③「定期的/定額的な献金」④人々と交わりを持つこと。(ヨハネ13・34~35)「み言葉」と「祈り」は神様と共に過ごす時間、「献金」と「交わり」は人間関係を表します。人生の主要な要素、「時間」「お金」「人間関係」において、神を第一とすることを学んでいくことが大切です。

2016/9/11 週報メッセージ

   敬老に感謝する
                                                                                                        朝位 真士
  今日の礼拝において、75歳以上の教会関係者のためにお祈りさせていただきます。
 ところで「感謝」ということについて考えてみましょう。キリスト教大辞典によると、感謝は神の民の最大の特質の一つです。聖書全体は、生ける唯一の真の神とそのみわざに対する感謝に満ちあふれています。旧約聖書では、特に詩編において感謝が繰り返されており、136編はその代表的なものです。「恵み深い主に感謝せよ。慈しみはとこしえに。」(詩136・1)
 新約聖書にはいると、感謝の内容がイエス・キリストの「救いのみわざ」に集中します。たとえばコロサイ1章12~14節においては、過去・現在・未来にわたる「キリスト者の霊的祝福」が感謝の理由として挙げられています。キリスト者生涯の美は、神への感謝に満ちていることです。「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです」(テサ5・16~18)は、主イエス・キリストにあって神がすべてのキリスト者に要求しておられる最も標準的な勧めです。キリスト者の祈りは、異教的な願い事の羅列ではなく、神とその大いなる救いのみわざを深く瞑想するところから発する感謝に満ちていることこそ願わしいのです。
 一人の兄弟のことを証ししたいと思います。私の母教会の兄弟ですが、彼は苦学をしてアメリカ留学し、教会においては伝道部長として積極的に奉仕をされました。週間は商社を経営し、祈祷会(水)と日曜日は1日中主のために時間と財を献げられました。私はその兄弟の生き様を見てクリスチャンになり、彼のようになりたいと祈っていました。彼はいつも「感謝です」と語って、笑顔で主の奉仕をしていらっしゃいました。彼の心の中は、いつも主イエスの愛と恵みで満ちていました。今は天国で主イエス様と多くの聖徒達とともに感謝の賛美を歌っていることでしょう。

9月の声を聞いて

イメージ 19月になっても、暑さは厳しい状況です。
そして、台風10号の爪痕の大きさ、被害は甚大なものでした。
現在も台風が来るとということで、わたしたちは心配するところです。
北海道、岩手県の川の氾濫の映像を見るにつけ、いま、避難所で生活をおくられている方々のお気持ちを考えるときに、言葉が見つかりません。
しかし、必ず主は助けてくださることを思い、一日もはやく日常生活が戻ることを願い、ひたすら祈ります。
さて、9月第1日曜日の礼拝は、「神の御子の権威」という題で、お話をいただきました。
主イエス・キリストは、神の御子として生まれ、父なる神様の働きを現実の地上で行われたということ。
神の技は、旧約の時代は預言者を通して行われたが、イエスの時代は、直接イエス・キリストによって、なされたということ。
奇跡は、天上の神の技が地上に現れたものである。
イエスは、歴史的事実として、示されたとのこと。
メシア(救い主)性について、そのことの自覚をイエス・キリストも十分にしておられた。イエスは、自分が神の子として考え、活動する使命を知っておられ、この世にあって、孤立せるものとして立っておられた。
そうして、『命を与える』という、永遠の命について授与することができるという権威を持っておられたということ。
救われる者、滅びるものとを分けられるために来られた。
(このことを聞くと、どっきとしてしまいますが。)
イエスに従い、その声を素直に聞くことがが救いへの道。
イエス・キリストの神性を信ずるときに、神の恵みに預かることができるということ。
滅びの道へ進むことも、わたしたちは選んでしまうことができます。しかし、日々の訓練において、立ち返り思いを悔い改めて、聞き従うものになる道も歩くことができます。
イエス・キリストは愛の御方でもあります。イエスの深い愛を覚えつつ、イエスに従うことの意味を考えて過ごしたいと思いました。
暑い日が続きます。霊肉が守られますようお祈り申し上げます。

10月30日(日)の音楽の集いについて

       10月エリム会による「音楽の集い」についてのお知らせ

桜ヶ丘教会「エリム会」は、男女年齢を問わずどなたも参加いただける会です。第5週目の日曜日午後に開催し、お茶を飲みながら様々なトピックのお話や、聖書の学びなどをしております。

10月のエリム会では、当教会のピアノ奏者でもある山口夏実さんに、ボサノバの音楽を演奏していただくことになりました。「音楽の集い」ということで、興味のある方どなたにもご参加いただけるよう企画しました。
ボサノバは1950年代にブラジルのリオで生まれた新音楽ということです。リオ五輪の年に、是非、ボサノバの音楽に触れてみませんか。

なお、演奏前に朝位フミ子牧師による「教会音楽の歴史」についてお話をいただきます。教会で私たちが声を出して賛美の歌を歌うことができるようになった歴史を踏まえ、音楽をお楽しみいただければと思います。<桜ヶ丘教会 エリム会>

  山口夏実さん・犬塚彩子さん(ボッサ・エテルナ)によるボサノバ
ブラジル・ポルトガル語の歌声に、ギターとピアノで奏でる甘く爽やかなボサノバの音色、ブラジル音楽の神髄を追及するボサノバデユオ による音楽のプレゼント
(ボッサエテルナのお二人を紹介します)

 犬塚彩子さんの紹介愛知県岡崎市出身。ファッションの学校を卒業してから独学で歌い始め、ソ ウル、ロック、ジャズを経てボサノバ・ギター弾き語りとたどり着く。

 山口夏実さんの紹介3歳よりピアノを習い始め国立音楽大学教授児玉氏に師事。クラッシク音楽を学びながらポップス音楽にも親しむ。キリスト教系学校の関係から教会で奏楽に従事。
 開催日時:2016年10月30日(日曜日)13時30分~
 参加費:500円(茶菓・資料代等)
 場 所:桜ヶ丘教会 





暑い8月の中で

イメージ 1写真:K・Kさん提供
今日は曇りの1日です。
暑さも厳しさが増しておりましたが、曇りの今日は少しほっとしています。
しかし、台風がまたやってくることを思うと、自然災害が拡大しないようにと祈る気持ちでいます。
各地の台風が去った後の爪痕をテレビで見ます時に、自然の力の前にどうすることもできない私たちの現実を考えさせられます。
また、イタリアの地震もとても気になります。多くの方が犠牲になられたというニュースに心が痛みます。
大災害の前に祈ることしかできません。「主がお慰めくださることを、力を与えてくださることを、最善の道を備えてくださることを」
引き続き祈り続けていきたいと思います。
さて、過ぐる8月日曜日における牧師先生のお話は、見ないで信ずる信仰によって、どのようにイエス・キリストの恵みに預かることができるかということでした。(ヨハネによる福音書を通して)
しるしを見て信ずるのではなく、イエス・キリストの言葉を聞いて信じた人々が、罪赦されて、癒されて、立ち直っていくことができたということです。
水をくみに来た罪に悩むサマリヤの女、息子が病気のカファルナウムの役人、38年間も病気で苦しんでいたベドサダの池の病人と、それぞれが、どのようにイエス・キリストに出会い、その恵みにあずかることができたのか。
わたしたちも、日々の生活の中で、しるしを見ないで信ずる心を忘れかけるときがあります。
「ヘブライ人への手紙11章1節」に信仰とは何かについて記されています。
  <信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。>
明日は、8月28日(日曜日)10時30分~礼拝があります。
「神は今も働く」という題でのお話です。

2016/8/21 週報メッセージ

   「日本伝道の幻を語る会」Ⅲ                                                                 
                                                                                                         朝位 真士
 
  講演Ⅱ、大住雄一先生(東京神学大学教授)、「幻を語り合う」。
 序、私たちは伝道の幻を語り合おうとしています。しかし、私たちが今見ているものは何でしょうか。それは、主イエスもすでに直面しておられたことです。(1)伝道の困難な時代ー笛を吹いたのに踊ってくれなかった(マタイ11・17)。そもそも宗教が困難な時代ー宗教とか終末と言ったとたん毛嫌いされる。耳障りのよい話ばかりが好まれる(Ⅱテモテ4・3)。人間の本当の問題や苦悩に直面できない。なんでも「ありのまま」で(が)よい時代。(2)伝道献身者が立てられない時代。リバイバルが起こっても、それに対応できない教会。専従の牧者がいない教会はいよいよ衰退する。(3)伝道献身者が送られるように祈っているか。祈りの課題として認識されているか(マタイ9・38)。(4)教会の高齢化。
 1、教会には将来がない? 老齢(90歳以上)になって受洗された人は恵みではないか。高齢者による伝道は意味がないのか。力に欠けるのか。そんなことはない。
 2、それにもかかわらず、「収穫は多い」(マタイ9・37)。伝道の幻に見ているものー主イエスも、困難の彼方に望み見ておられたこと。(1)主イエスの業としての伝道。主がすでに先立っておられる。「ここまで来い。」「あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。」(マタイ28・7)(2)シラスとテモテが追いついてきてパウロがテント張りをやめ、み言葉を語ることに専念すると、パウロ迫害が本格化する(使徒18・5~6)。自分たちの中から伝道者が立てられ、自分たちがこれを支えるために祈る。(3)私たちの挫折は、神の挫折にはならない(Ⅱテモテ2・9)。私たちがたとい不誠実でも、神の誠実は変わらない(Ⅱテモテ2・13)。(4)先立ちたもう主を幻に見る。幻に見て喜ぶ。