榊原紀惠子 のすべての投稿

2015/9/13 週報メッセージ

   宇都宮上町教会教師会に出席して
                                                                                                        朝位 真士
  9月7日、私共はホ群宇都宮上町教会の新会堂の訪問見学をさせていただきました。そこで牧師の澤田武先生が新会堂建設にまつわる経過報告をメッセージの中でしてくださいました。
 
  2011年3月11日、東日本大震災の日、旧会堂で礼拝準備を終えてホッとしていたところ、大きな揺れ
 に外に飛び出しました。牧師館や教会の外壁にひびが入り、ゆっくりと落ち、十字架の塔が激しく揺れている
 のを呆然と見ておりました。……旧会堂に上がると、厚い壁が割れて何箇所も落ち、床やベンチに大きな傷が
 ありました。……その日の夕方から近隣の教会員が駆けつけてくださり、懸命に片付けて、日曜日に安全と思
 われるエントランスホールで礼拝を捧げることができました。その後剥落した内壁、十字架塔の鉄骨の断裂や
 外壁の無数のひびなど、多くの補修を重ねて当面は使用に耐える礼拝堂に戻すことができましたが、建物自
 体の寿命である築50年が近づいていることも考えて、新会堂の建築という大きな決断をしました。「日本基督
 教団東日本大震災救援募金」から3千5百万円の支援を受け、自己資金2千5百万円、教団借入金3千2百
 5十万円を合わせて9千2百5十万円で、木造一部RC造、延べ床面積313.62㎡の新会堂が完成しました。
 2014年10月12日定礎式、2015年5月29日竣工引き渡し、7月19日献堂式がありました。
 
 私は先生のお話を伺いながら、よく皆様が信仰の決断をされて、震災後のさまざまな試練の中を今日まで守られて完成に導かれたと、本当に全能の神、イエス・キリストの父なる神を心から賛美いたしました。これからの課題は、地域の方々が救われ、健全な牧会運営がなされ、教団借入金を20年で返済することです。お祈りをさせていただき、私共も少しでも献金ができればと祈る次第であります。(ローマ8・28)

2015/9/6 週報メッセージ

   ある牧会訪問より
                                                                                                         朝位 真士
  最近私は重病の方々を見舞う時が与えられています。先日もT姉を訪問させていただきました。家人の許可を得てのことですが、死後のことを語らせていただきました。大変落ち着いて、自分の葬儀のプログラムまで私に指示をしてくださいました。T姉は、死は恐怖でもなく、あきらめでもなく、天国に行くプロセスであり、愛するイエス様を始め、召天された方々と再会できる希望があり、地上におられる方々ともやがて天国で再会できるという確信に満ちていました。
 私も伝道師・牧師になって40年間に多くの方々の臨終の場面に接してまいりましたが、こんなにも平安と死後の世界の確信に満ちている方も珍しいと思いました。死は、一般的に未知の世界に行くのですから、恐怖であり、死にたくないと思うのが普通ですが、T姉は「すべては、神様の御手にあります」と、やさしい笑顔ではっきりと述べておられました。人間的に大変苦しい病気との戦いですが、それも全て神様に委ねておられる御顔は、天の輝きのような感じがいたしました。
 私はT姉の葬儀で歌われるであろう讃美歌や、語って欲しいと言われた聖書を引用しました。詩編23編全部です。まるで生前葬のようであり、天国の婚宴のようでした。御家族にとっては、大変悲しいつらい出来事だと思います。しかし、主イエスは私達の罪の身代わりとなって十字架にかかって死に、3日目に復活されて、今も目には見えませんが聖霊様という姿で私共と常にいてくださるインマヌエルの神でいらっしゃいます。T姉は、この確信を信仰によって持っておられたと、私は信じます。
 「神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。それでもなお、神のなさる業を始めから終わりまで見極めることは許されていない。」(コヘレト3・11)

T姉の召天に思う

イメージ 1写真K/Kさん提供
 9月3日(木曜日)夜間に牧師先生から、T姉が召天されましたというご連絡をいただきました。
 T姉が筆で書かれた「書(聖書の御言葉)」が、桜ヶ丘教会に飾られていますが、T姉と教会員との数々の思い出は、桜ヶ丘教会のそこここにあります。
 何よりも、私たちの心の中に刻まれております。寂しいですね。教会堂で今一度お会い出来たらどんなにか嬉しかったことでしょう。
 T姉の夫であるT兄におかれましては、とても寂しいことと思います。どうぞ、T家に神様のお慰めとお癒やしがありますように。
 いつも祈りに覚え、T姉が病の中にあっても神様とともに平安の内に過ごすことができるように願ってきました。
 T姉とともに旅行にも行きましたね。
 いつも、とてもしっかりされていました。絵もお描きになり、書もされていました。
 8月にM兄を天に送り、9月早々にT姉が天に召されました。
 お二人とも、桜ヶ丘教会をお支えくださったことを覚えて、これからは、私たちがしっかりと信仰にたって進んでいかなければならないと思います。
 「野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紬もしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾っていなかった。」
  マタイによる福音書6章28~29

2015/8/30 週報メッセージ

   ある信徒の奇蹟
                                                                                                           朝位 真士
 
  8月25日朝、信徒の妻より夫が危篤であるという電話をいただき、私はすぐに身支度を整えて彼が入院している救世軍のホスピス病棟を訪問した。癌が全身に転移して痛み止めの薬も効かない状態である。私は病室に入り、O兄と夫人がいたので早速聖書を3ヶ所引用した。新約ヤコブ4章13~17節「よく聞きなさい。『今日か明日、これこれの町へ行って1年間滞在し、商売をして金もうけをしよう』と言う人たち、あなたがたには自分の命がどうなるか、明日のことは分からないからです。あなたがたは、わずかの間現れて、やがて消えて行く霧にすぎません。むしろ、あなたがたは、『主の御心であれば、生き永らえて、あのことやこのことをしよう』と言うべきです。……」旧約コヘレト3章1~11節「何事にも時があり天の下の出来事にはすべて定められた時がある。……神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。それでもなお、神のなさる業を始めから終わりまで見極めることは許されていない。」新約ローマ8章28節「神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。」
 私は先に挙げた聖句を元に、聖霊の御導きをいただきながら、真剣に祈らせていただいた。その時、神の奇蹟が起こった。意識が朦朧としていたO兄が目をぱっちりと開き、はっきりした声でお祈りをして、私に何度も御礼を言われた。私は神の奇蹟を久々に経験させていただいた。確かにO兄は癌が全身転移して、ドクターからはここ2~3日が山場と言われているが、主の御心ならば、生かしてもう一度立ち上がらせて、主の御用のために兄を用いてくださいと、切に祈る者の一人である。主に栄光を帰しつつ!!

涼しすぎる8月末

イメージ 1写真:K/Kさん提供
 8月末ですが、急に涼しくなりました。
涼しすぎる昨日、今日ですが、何か少し、寂しさも感じるくらいです。今まで側にいて暑いなあと感じさせていた夏が、一気に姿を消してしまった感じですね。
しかし、残暑は戻ってくるでしょう。
 さて、8月23日の礼拝のお話は、「大きな苦難を予告する」というテーマでのお話でした。
 終わりの日についての予言のお話でした。
 荒らすべきものの出現、苦難の日々、偽キリストの出現という3つのものの出現があると言うことでした。
 激しい迫害の中においても、聖霊の働きによって、宣教の助けがあるということでした。
 この世の混乱において、なすすべもないことが起きたとしても、忍耐の後に、産みの苦しみから喜ばしい将来への開門があると言うことでした。
 イエスをメシアであると告白することが真実の宗教、真実の信仰の印で有り、私たちはしっかりここにとどまり、偽者に惑わされることなく歩いて行かなければならないと教えていただきました。
 日本では、江戸時代においては、キリスト教に対し世界に類を見ない程残酷な迫害の歴史があります。現在は、信仰の自由が保障され、私たちは、信徒として、しっかりと礼拝を献げて過ごすことができています。
 迫害にあった多くのクリスチャンのことを考えますが、自分達も、苦難のときにも主を信じていけるようにと強く感じました。
 また、その日はいつ来るということよりも、日々の闘いであるとも考えられます。イエスキリストによりたのみ、日々を過ごしていけるように賢くありたいと思います。
 

2015/8/23 週報メッセージ

     M兄の召天の報に接して
                                                                                                         朝位 真士
  さる8月17日午前2時過ぎに急逝されたM兄の召天の連絡を娘さんから受けて、8月19日午後6時に前夜式を、翌20日午前10時45分に告別式を行いました。88歳9ヶ月の生涯でした。M兄は大正15年11月2日に5男2女の長男として浜松市で誕生され、父親の仕事の関係で浜松から東京佃島に引越し、その後結婚されるまで横浜に居住されました。昭和30年10月、K姉と結婚され、長女が昭和31年11月に誕生されました。結婚17年後初めて桜ヶ丘教会に来られ、故西海静雄牧師により昭和46年12月19日受洗されました。その後桜ヶ丘教会の会員として、教会の発展にご夫妻で尽力されました。特に新会堂建設のために財務担当役員として長くその重責を担ってくださいました。不可能と思える会堂建設では、信仰的決断をもって積極的にご奉仕くださり、物心両面の必要が与えられたのは、M兄の信仰的積極性の故だったと感謝しています。
 私がM兄に最後にお会いしたのは、7月31日の午前に訪問し、M兄姉と娘さんの4人で兄の病状を気遣い、聖書を引用し、お祈りをさせていただき、M家を出ました。その後8月3日に救急車で搬送され、4日午前2時入院。6日朝、急性心不全となり、17日午前2時過ぎ、敗血症という病名で88歳9ヶ月の生涯を全うされました。「主の慈しみに生きる人の死は主の目に価高い。」(詩116・15)
 Mさんは、『桜ヶ丘教会90周年記念誌』に次のような文章を記載しています。「教会役員として、また会堂建設の会計担当者として私も会堂建設に関わらせていただきました。……これからは、与えられたこの立派な会堂に溢れるほどの会衆と共に礼拝を守ることを目標として頑張っていけたらと思っています。」私共は、Mさんの遺志を思い、天にいるM兄をはじめ桜ヶ丘教会の方々の祈りを実践したいと思います。

M兄弟の思い出

イメージ 1写真:K/Kさん提供
 8月17日(月曜日)に、M兄弟(88歳)が天に召されました。
 いつも礼拝をお休みすることなく、奥様と御一緒に出席されていました。また、とても皆様から頼りにされてました。
 寂しさを感じてなりません。教会の会計等運営に関する事などをご心配され、「大丈夫?」とお声をかけてくださいましたこと、本当にありがとうございます。
 これからは、M兄弟の次の世代で頑張っていかなければならないと肝に銘じております。主の憐れみのうちに、今までも何とか教会の試練を乗り越えてきました。
 桜ヶ丘教会の100周年も後8年後です。その事をお伝えし、100周年の記念誌にも原稿を投稿いただけるようお願いしたことを思い出します。
 Mさん、本当にありがとうございました。会堂建設の際も、力強い分析力と確かな資金計画等で、お支えくださいました。
 奥様には、教会の昼食作りのご奉仕を長年していただき、食事会から会堂建設への献金もいただきました。この時も、Mさんのお支えがあってのことと深く感謝しておりました。
 本当に、静かに私たちを見守ってくださっておられましたが、いざというときには、しっかりした助言により責任という言葉を思い出させてくださいました。
 奥様の今後のことにおいては、神様の最善の道が整えられますようにこころからお祈り申し上げます。
 また、お嬢様やお孫さん達、M兄弟のご遺族の皆様に主の慰めがありますように。豊かな祝福がありますようにお祈り申し上げます。
 
 

2015/8/16 週報メッセージ

   夏期休暇が与えられて                                                                 
                                                                                                         朝位 真士
  皆様のお祈りとお支えをいただきまして、8月10日~13日迄夏期休暇を与えられ今日迄守られたことを感謝いたします。今回は、四国の琴平教会と香川教会を問安させていただきました。10日午前11時過ぎ、高松空港に香川教会の隅野牧師と憲義牧師の出迎えにより、まず腹拵えをするために名物のうどんをいただきました。その後、香川教会の会堂と付属施設カナン福祉センターを見学しました。香川教会は、現住陪餐16人、礼拝17人、CS2人、経常収入4,463,009円、ご夫妻で牧師として活躍しておられます。現在、老人介護施設も開設中であり、40代の若手のホープです。東京聖書学校を卒業されて、四国の香川で宣教牧会をしておられる先生方です。祈りの課題は、救われる魂が起こされること、病や試練にあって教会に来られない方々のために、カナン福祉センターに関わる方々が救われるように、などが与えられました。
  次に、琴平教会に到着して、憲義牧師の牧会2年目の教会に2泊させていただきました。現住陪餐40名、礼拝25名、CS9名、経常収入5,283,670円、祈祷課題1、何よりも主日礼拝を第一に守ること、2、聖書を毎日読み、御言葉を蓄えること、3、他者のために日々覚えて祈り、御言葉を伝えること、4、病床の方を覚えて、健康が守られるように、5、新年度に洗礼志願者が新しく生み出されるように覚えて。私共は地方伝道、牧会を
19年間させていただきましたが、何よりも地元の方との関係を築くことに時間がかかります。本当に忍耐のいる種まきです。憲義牧師に良きパートナーが与えられると、苦しい伝道の中でも二人で楽しく祈りながらできると思います。
 孫家族にも同行してもらったので、オプションとして高知のアンパンマン・ミュージアムを見学し、坂本龍馬記念館にも行くことができました。飛行機が遅れ、大きく振動した時、ガリラヤ湖の小舟の上の弟子たちの心境になり一寸心配でしたが、守られ感謝でした。                                   

戦後70年目を覚えての礼拝

イメージ 1写真:K/Kさん提供
 本日は幾分しのぎやすい暑さの1日でした。
 このところの暑さに関しては、記録的という言葉を何度も耳にしましたが、今日すこし穏やかな暑さの中で、日曜日の礼拝を守ることができ、感謝です。
 
 70年前に広島、長崎に原爆が投下された日を覚えながら、大きな犠牲の上に現在の平和があることを改めて認識するとともに、この平和を守ることを大切しなければならないこと、主にある平和が世界に訪れることを祈りました。
 私たちは、平和の使者として、主から遣わされているとも言えますから、日々、心にシャローム、平和であれという思いで、生活をしていかなければと強く思います。
 さて、 今日の聖書のお話しは、「律法学者とやもめの信仰」といテーマでの内容でした。(マルコによる福音書第12章38節~44節)
 律法学者は、特権階級の衣を身にまとい、その社会的地位からも人から敬われたということですが、問題は、彼ら
がそのことを好み、執着さえするよになり、自我に生きる人間のエゴともいうべき醜い現実を持っていたということです。そこを、イエス様は、厳しく指摘され、非難されたということです。
 私たちも、そのように弱い一面を持ち合わせており、人の上に立つ者は、ともすると、執着してしまう傾向を持っておりますね。
 律法学者とは対照的な存在として、「やもめ」が取り上げられていて、このやもめの話を通し、献金することの真の意味を教えていただきました。
 金持ちたちは、多額のお金を神殿において献金箱に入れましたが、その金額は、彼らにとってなんら彼らの生活に影響を与えるようなものではありませんでした。次に貧しいやもめが神殿にやってきて、彼女にとっては生活費のすべてであった硬貨を献金箱に入れました。その額は、とても少額ですが、それは、生活のすべてを神にささげ、完全に神に献身しているからこそできた行為であったとのことでした。
 そして、イエスは、やもめの態度と生き方に感動され、弟子たちにやもめは誰よりもたくさん献金をしたと言われました。富んでいてもわずかしか捧げることができないという現実があります。神への礼拝で1番大事なことは魂の問題であるということです。
 貧しいやもめのように、自分をすて神に生きることができるということは、神の人といえるということです。
 献金とは、献身のしるしであり、感謝の表現であり、信仰の実践であるということです。
 神の福音のため、人を支えるために用いていただける献金について、私たちはつまずくことがないように、貧しいやもめの信仰にならって、真の豊かさを手に入れたいと思います。
 まだまだ、暑さが続いていますので、教会の皆様が、熱中症にならずに乗り切ることができるように祈りつつ、過ごさせていただきます。

2015/8/9 週報メッセージ

   ホ群首都圏夏期聖会に出席して
                                                                                                        朝位 真士
 
  第26回ホ群首都圏夏期聖会が7月21日~23日迄、ハートピア熱海で82名の参加を得て行われた。今回の主講師はホ群委員長村上義治先生で、聖会ⅡとⅣの2回のメッセージを語られた。主題は「きよきに生きる喜び」(Ⅰテサロニケ5章12~20節)であった。
 開会聖会、司会横山基生師、説教大友英樹師、「真理による聖別」(ヨハネ17章1~19節)。聖会Ⅱ、司会西海満希子師、説教村上義治師、「信仰・希望・愛」(Ⅰテサ5章1~10節)。早天聖会、司会野口佳男師、説教東海林昭雄師、「どんなことにも感謝」(Ⅰテサ5章16~24節)。聖化講演、司会貴村かたる師、講演深谷春男師、イザヤ6章1~13節より「『聖』という概念」という題で、神学的・実践的に語られた。
 聖会Ⅳ、司会朝位真士、説教村上義治師、「常時喜悦、不断祈祷、万事感謝」(Ⅰテサ5章1~22節)と題して、今回の主題である「きよきに生きる喜び」について、聖書から神学的に具体的に、またご自分の牧会体験を通して語られた。牧師としての四十年の集大成を心おきなく語られた。招きには、ほとんど全員が恵みの座に出て、神の前に再献身の思いをさせていただいた。村上先生は神学校の同期(75年卒業)で、本当に共に群や教団の歴史の中を歩んできた。
 聖会Ⅴ、司会深谷美歌子師、説教横山義孝師、「忠実な良い僕」(マタイ25章1~30節)、牧会六十年の大ベテランとして、88歳とは思えない溌剌とした、若々しい、力強いメッセージであった。先生は「これが私のダイイング・メッセージだ」と語っていたが、まだまだこれからも我ら若輩をご指導していただきたい。
 今回も聖会実行委員長として責任が果たせたことは、桜ヶ丘教会の皆様方並びに朝祷会の方々、ホ群教会の皆様の力強いお祈りのお陰だと、神様に深く感謝を申し上げたい。なお暑さに負けずサタンに勝利しよう。ハレルヤ!!