7月最後の日曜日
あと1週間で8月ですね。
暑さが今日は本格的でした。
どうぞ 暑さに負けないように
毎日 さわやかな朝に出会い
主の御言葉を こころに受けて
出発しましょう。
ご高齢の方 体調が良くない方 困難な状況を克服されようとしている方等のために
教会みんなで
祈ってまいりましょう。
7月最後の日曜日
あと1週間で8月ですね。
暑さが今日は本格的でした。
どうぞ 暑さに負けないように
毎日 さわやかな朝に出会い
主の御言葉を こころに受けて
出発しましょう。
ご高齢の方 体調が良くない方 困難な状況を克服されようとしている方等のために
教会みんなで
祈ってまいりましょう。
暑い夏がやってきました。
ご高齢の方々は、暑さの中、なかなか教会に来ることができない方もいらっしゃいます。
桜ヶ丘教会の昼食も
8月はお休みになりますが
婦人会の皆様が 本日も 美味しいお食事をご用意くださいました。
どうぞ みんなで
この夏も 主から力をいただいて
祈りあいながら 過ごしてまいりましょう。
宣教150周年大会に出席して 朝位 真士
過ぐる7月8日(水)~9日(木)迄、パシフィコ横浜でプロテスタント宣教150周年記念大会が「キリストにあってひとつ ― 主イエスの証し人として ― 」というテーマのもとに開催され、2日間出席した。8日は約5千人、9日は約3千人の集いであった。
今回の実行委員会の趣意は次のようなものであった。
今から150年前(1859年)、幕末動乱期の日本に宣教師によるプ
ロテスタント伝道が始まりました。キリシタン禁制の高札が撤去される
(1873年)前のことでした。近代日本の夜明けに、彼らは日本人の魂
を愛し、迫害をも恐れず、福音を携えて来たのです。以来、キリストの福
音が広められ、教会、キリスト教主義学校、病院等が設立され、その結
果、教育、人権、社会福祉、女性の地位改善、倫理の高揚など多くの感化
がもたらされました。この背後にフランシスコ・ザビエルが来日(154
9年)し、カトリック教会による宣教活動や沖縄(琉球)でのベッテルハ
イムによる働きがありました。日本における宣教は困難を極め、それにと
もない多くの犠牲もあり、近年は物質的繁栄と共に、精神面の無関心が伝
道を阻んでいます。さらに、教派教団間には一致が乏しく、宣教の業が大
きく前進していないことを私たちは悔い改めねばなりません。
150周年を期し、これらのことを踏まえて、これからの宣教のために
一致協力して共に祈り、理解し合い、交わりを深めたいと願います。そし
て、私たちは平和をもたらす「世の光」なるキリストを掲げて、次世代の
人々と共に宣教の使命を果たしていきたいと思います。
また2つの目的が掲げられた。
①08年~09年、プロテスタント宣教150周年行事を行う。
②09年7月8日~9日に大会を開催し、日本プロテスタント宣教史の一
里塚とする。
梅雨明け間じかの このひと時
桜ヶ丘教会の礼拝は
いつものようの
朝位先生の力強いメッセージによって
満たされ
わたしたちは力を得て
この1週間の幕を開けます
Wさんが 素敵なグリーティングカードを作成し
皆様にご提供いただけるということです
どのようなカードができるのか楽しみです
わたしたちひとりひとりの賜物が 神様によって用いられ
喜びで共に満ちあふれようではありませんか
ホ群首都圏教師会に出席して
朝位 真士
先日(7月6日)、桜ヶ丘教会で首都圏の教師会が開催された。私が赴任して6回目の会場提供である。今回は、約30名の出席になり、午前11時より15時頃まで開かれた。婦人会のM姉、K姉のご協力を得て、30人分の食事(レストラン移動)と茶菓の接待をしていただいた。
議題 弾圧記念聖会(報告、反省、次年度に向けての提案)
首都圏夏期聖会について
ホ群ユース・バイブルキャンプについて
学び ジョンウェスレー説教 53上 NO.10
私は招く側として、僕に徹底しようと心がけていた。首都圏教師会の責任者として、当日、何人出席されるのか、また、先生方は無事、桜ヶ丘教会に来ることができるのかなど、気がかりもあった。新しい教師の方も何名かおられたからだ。しかし、遅れて来られた方や、予定されていたが都合悪く欠席された方も何名かおられたが、ほぼ予定通りの出席者であった。
今回のトピックスは、小川文子宣教師が一番早く、9時過ぎに出席されたことである。先生は、いよいよカンボジアに向けて出発される7月7日を前にしての出席であった。また、ある先生は会堂献金を捧げてくださり、お祈りしてくださった。桜ヶ丘教会は本当にホ群の教会という認識が強く感じられた。その他、病床の原田先生について大友先生から報告があった。だんだん回復されて、8月頃退院予定である。奇跡のカムバック(未だ予断は許されないようだが)だ。最後に、若い先生方が会場の清掃をしてくださった。
梅雨の時期であったが、恵みの雨が教会に降り注がれた思いがした。お祈りを感謝致します。
ホ群首都圏夏期聖会への招き
朝位 真士
第20回(通算56回)ホ群首都圏夏期聖会が7月27日(月)~29日(水)迄、奥多摩福音の家で開催されます。
テーマは「ホーリネスとは何か ー四重の福音ー 」、主題聖句は「神の霊によって導かれる者は皆、神の子なのです」(ローマ8章14節)です。会費は2泊3日6食で大人18000円です。
ホーリネスの特色「四重の福音」、新生、聖化、神癒、再臨について、5回の聖会が行われます。開会聖会Ⅰは、ローマ1~3章、説教・東海林昭雄師(小松川教会)、司会・細川良枝師(赤羽教会)。聖会Ⅱは、ローマ4~5章、説教・伊奈聡師(喬木教会)、司会・潮義男師(志木教会)。早天聖会Ⅲは、ローマ6~7章、説教・中込己一郎師(勝浦教会)、司会・澤田直子師(宇都宮上町教会)。聖会講演Ⅰ「神癒」は、説教・横山義孝師(東京新生教会)、司会・藤原喜次郎師(長南伝道所)。聖会講演Ⅱ「再臨」は、説教・山岡磐師(初雁教会)。聖会Ⅳは、ローマ8章、説教・深谷春男師(吉川教会)、司会・横山基生師(東京新生教会)、早天祈祷会は、A司会・奨励・山口英希師(東調布教会)、B司会・奨励・稗田みどり師(塩谷一粒教会)、C司会・奨励・片平貴宣師(吉川教会)。閉会聖会Ⅴは、ローマ12章、説教・朝位真士師(桜ヶ丘教会)、司会・佐々木良子師(小松川教会)。ホ群首都圏の教師達が多数、御用致します。これほど多数の教職が奉仕されるのが、ホ群の聖会の特色であります。ホ群首都圏内だけでも数十人の教職がおられます。地方では、ホ群の教職の数が少ないので、なかなか親しい交わりをするのが困難です。私も地方(北九州)に19年いましたが、地方の事を考えると、首都圏にある教会は教職が多数おられるので本当に恵まれていると思います。奥多摩の聖会に参加して、その恵まれた先生方のメッセージで、教会活性化ができるよう祈っています。どうぞ祈って参加してください。
婦人修養会に参加して
朝位 真士
先週の火曜日、桜ヶ丘教会の婦人修養会に参加した。参加者は数名であったが、エフェソ書2章11節~4章24節までを手分けして発表された。私はエフェソ書の内容の深さをあらためて感じた。有意義な学びであった。
この手紙は使徒パウロが紀元61年~62年頃、ローマの獄中で書いたといわれている獄中書簡の1つであり、エフェソは当時小アジアの大都市で、魔術とアルテミス偶像崇拝によって特に有名である。パウロは2度この地に伝道したことがあり(使徒18・19~21)、その後まもなく再び訪れ(使徒19・1)、「わたしが三年間、あなたがた一人一人に夜も昼も涙を流して教えてきたことを思い起こして、目を覚ましていなさい」と教え(使徒20・31)、その結果、教会が建設されるようになった。高いキリスト者的生活における深い心霊的教訓を説き示している。教会の奥義、キリストにある高い地位、キリストのからだ、この地位にふさわしい歩みなどが本書の特色である。
2章11~22節、異邦人の地位。救われたとき異邦人もユダヤ人もキリストにあって一体となり、神に近づきうること、そして聖なる神の住まいとしての宮であるべき教会。
3章1~21節、啓示を受けたパウロ、そして奥義の説明。エフェソ教会に対する激励、彼らのためのパウロの祈り。
4章1~24節、召しにふさわしい歩みと一致の勧め。教会に与えられた各様の賜物とその目的。異邦人の汚れた行為を捨て、古き人を脱ぎ捨て、新しき人を着るべきこと。
教会は4H、ホーム(温かさ)・ヒム(賛美)・ホスピタリティー(親切なもてなし)・ホーリィ(聖なるもの)に満ち、「キリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です」(エフェソ1章23節)。
K/Kさん写真:「梅雨の合間にみた夕焼け」
7月の「海の日」を境に例年関東地区は夏を迎え、太陽の陽射しがぎらぎらとアスファルトを照らし暑さも夏まっさかりとなりますが、皆様は、この梅雨どきをとのようにお過ごしでしょうか。
梅雨があるからこそ、日本の豊かな自然があることを考えると、6月のしっとりした風景がまた違って感じることができます。
紫陽花などの花々が、しっとりとしてなんとも風情ある季節です。
先週は、吉川教会で、「ホ郡弾圧記念礼拝」が開催されました。
日本におけるキリスト教の歴史において、様々な弾圧があったことを、わたし達は忘れてはならないと思います。
今日の朝位牧師の説教は、アンテオキアを経て、使徒のバルナバとパウロがキプロスにわたり宣教を行ったという話を通し「聖霊の力」についての話でした。
本格的世界宣教の初穂は、ローマの高級官僚がイエス・キリストを受け入れるという回心であったということでした。当時彼に義務付けられていた皇帝礼拝等をしないという選択がその地位や生命にまで危険が及ぶことも予測される中での回心。
使徒パウロの言葉と業に力があったことは言うまでもなく、その力は「聖霊の力」であったというお話でした。
このブログを書く中で、教会は、わたしたち一人一人の居場所でもあるというということをより深く認識できるようになりました。
教会は、わたしたちの私物ではないことは誰もご存知のことですが、わたしたち一人一人が、イエス・キリストに使えるために、主がわたし達にお与えになられた場所、居場所なのだということ。
それぞれにある賜物をもって、教会に集い、礼拝を守り力をいただきます。
ブログを作成する中で、桜ヶ丘教会会員の個性が、それぞれの経験が、桜ヶ丘教会の宝物だと感じてきました。
苦境にある人も、順調に進んでいる人も、老いも若きも、いま、その時、神様が共にいてくださっていることを覚えつつ、どうぞ桜ヶ丘教会を我が家のようにして、教会とともに成長していきましょう。
夏本番の7月、8月を迎えるにあたって、プロテスタント150周年記念の夏を過ごすにあたって、所感を記載してみました。
ご存知でしたか。今年は日本プロテスタント宣教150周年の記念の年になります。
7月8日(水)、9日(木)と横浜で記念大会が開催されます。
パシフィコ横浜の国立大ホール・会議センターが会場となっています。参加は、事前登録が必要のようです。
趣意については、以下の内容が案内のチラシに記載されていました。
「今から150年前(1859年)、幕末期動乱の日本に、宣教師によるプロテスタント伝道が始まりました。切支丹(キリシタン)禁教の高札がまだ撤去される(1873年)前のことでした。
近代日本の夜明けに、彼らは日本人の魂を愛し、迫害を恐れず、福音を携えて来たのです。
以来、キリストの福音が広められ、教会、キリスト教主義学校、病院等が設立され、その結果、教育、人権、社会福祉、女性の地位改善、倫理の高揚など多くの感化がもたらされました。
これらのことに対して、私たちは深く感謝いたします。
この背後に、フランシスコ・ザビエルが来日し(1549年)し、カトリック教会による宣教活動や沖縄(琉球)でのベッテルハイムらによる働きがあったことを私たちは忘れてはなりません。
私たちはキリストの教会として共に歩んでいます。
日本における宣教は困難をきわめ、それにともない多くの犠牲もありました。近年は、物質的繁栄と共に、精神面の無関心が伝道を阻んでいます。さらに、教派教団間には一致が乏しく、宣教の業が大きく前進していないことを私たちは悔い改めなければなりません。
150年を期し、これらのことを踏まえて、これからの宣教のために、一致協力して共に祈り、交わりを深めたいと願います。そして、私たちは、平和をもたらす「世の光」なるキリストを掲げて、次世代の人々と共に宣教の使命を果たしていきたいと思います。」
私達ひとりひとりが、歴史の中にいることを感じます。今日の、朝位先生のお話にもありましたが、アンテオケの教会が歴史上初めて建てられた異邦人教会であったこと、人種や社会的地位を越えて、信仰において一致していたこと、それであったからこそ、神はご自身の計画遂行のために、歴史的任務を委託されたのいうこと。
日本の教会の歴史は、わたしたち一人一人に、委ねられているのだと思うと、出来るところから、始めようという力と勇気が与えられます。
どうぞ、自分の小さな力を大切にしましょう。主が、お入用なのですから。
牧会雑感
朝位 真士
先日、僕が属している「日本キリスト伝道会」の機関紙の中に私の原稿を見た北九州市の九六歳の長老から、感謝と励ましの手紙がまいりました。
皆様もご存知の「希望の源である神」という題の文章です。「希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなたがたを満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせてくださるように」(ローマ15章13節)という聖句について、少し私なりの考えを語らせていただきました。
キリスト伝道会の機関紙は、「日本をキリストへ」というスローガンのもとに、全国教会強化伝道、日本伝道の幻を語る会、国際的信仰交流を三大宣教事業として、「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ」(マルコ16章15節)を主題聖句に、日本の一千万救霊の為、各地に教職、信徒のエヴァンジェリスト(伝道者)を派遣して御用に与っています。初代会長は日本キリスト教団富士見町教会牧師であられた島村亀鶴先生。現在は、会長に小松川教会名誉牧師、原登先生、実行委員長にホ群副委員長、深谷春男先生。私もその末席の1人として、御用させて頂いております。
話は前に戻りますが、K長老よりの力強い励ましのお言葉で、私自身が大いに力づけられました。K長老は、北九州の実業家であり、ギデオンの役員であり、現在も教会に於いて現役の長老として、超教派で活躍されておられる方であります。その方が、2冊の御著書を恵送して下さいました。歌集『海峡の町』と『凡てのこと益となりし(親鸞よりキリストへ)』という御本です。老大兄が現役で教会の働きをされている姿に、モーセが120歳にして目もかすまず、気力もおとろえなかった姿を重ねてみるものであります。