榊原紀惠子 のすべての投稿

2024/7/28 週報メッセージ

あなたもあなたの家族も

川﨑理子 

「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」      使徒言行録 16章31節

 上記の御言葉は第55回日本伝道の幻を語る会の主題聖句です。23日〜24日、新宿西教会を会場に開催されました。主題は「信仰の継承・能登地震リポート」。

 まず舘坂橋教会・村上義治牧師の開会礼拝で、地域にて懸命に種を蒔き続けて、今盛岡市の中で最大規模の幼児教育のセンターになっている話を伺いました。また、大村信蔵牧師は50歳になり注意欠陥症と分かり、幼い頃の自分の行動には沢山要素があったが19歳で主に出会い、かなり努力をしてきて弱さは隠されたと思っていた。しかし50歳で大変な問題を犯して、主より自分の力に頼っていた事を知らされと話されました。岡田仰牧師からは、被害にあった現地の方々は「助けて」が言えない。「現世しかない」と思っている。「世間様」に囚われている。隣人になるには、まさか!まさか!!の時に乗り越えるのはイエス・キリストが与える永遠の命しかない。イエス・キリストによる自信と確信を持つことを教えていただきました。

 「主イエスを信じなさい、そうすればあなたもあなたの家族も救われます。」

 家族というのは肉親もそうですが、各々が置かれた場所での隣人のことであり、その置かれた場所でこの私が「主の救いは絶対だ」と自信と確信を持って生きることが周囲への証となり、家族の救いに繋がるのだな、と御言葉を通して知らされました。

2024/7/21 週報メッセージ

創造の業はこの「わたし」のため

川﨑 信二 

星野富弘氏の描かれたアガパンサス(ムラサキクンシラン)の絵は青紫の綺麗な花びらで「こころのたべもの」という詩が添えられていた。

たべられません

あなたが 美しく彩った

草花のほとんどは

たべても うまくありません

でも人は それを庭に植えて

こころのたべものにしています

「あなたが」という主語に改めて神の創造の業を思う。人間の目に麗しく映り、人間の心を癒すためにこの草花が咲いているかのようにも感じる。これらを人間のために配置してくださった神の愛に、一つ一つの自然を通して気づかされた。

 アガパンサスは南アフリカ原産だが、名前の由来は

ギリシャ語のアガペ(神の愛)とアントス(花)の合成語で聖書的な意味があるという。三浦綾子さんは重い病気のなかで「私は神にえこひいきされている」と語ったが、美しい草花を見て感じるだけでなく、試練においても神の愛を感じることができるのは神への深い信頼からくるのかもしれない。

7月初旬、雷雨があり牧師館の窓まで水が弾くほどの豪雨だった。短時間であがってくれたが一瞬恐怖を覚えた。人知を超えた自然の力、その背後におられる創造主を仰ぐ機会となった。天地創造において人間は生き物の中で最後に造られた、とても弱い存在だ。しかしその人間に命の息を吹き入れ、特別な存在として愛され、この私をも顧みて下さっていることを、教えられた。

「あなたの天を、あなたの指の業を、わたしは仰ぎます。月も、星も、あなたが配置なさったもの。そのあなたが御心に留めてくださるとは、人間は何ものなのでしょう。あなたが顧みてくださるとは。」詩編8:4-5

2024/7/14 週報メッセージ

「豊かな交わりの時」

川﨑 理子 

 教区主催の新任オリエーションへ行って来た。場所は高円寺にある西東京教区事務所の2階。中野駅を降りて迷わず行けたが炎天下で歩くペースが遅く2分の遅刻。

また、15分後に境南教会牧師のH先生、そして更に遅れて仙川教会牧師のT先生が真っ赤なお顔で到着。道を間違えたようだった。先生には京王地区教師会でお会いしていたので再び会う機会が与えられ感謝だった。両先生とも手にはスマートフォンがあった。マップを見ながら歩かれたのだろう。事務所は分かりづらいところにある、と思う。

地図が読めない私は完全に川﨑にお任せ。帰りは皆で一緒に歩いた。話が盛り上がり途中の喫茶店で涼み、話し合っていると様々な繋がりに驚いた。

 次の日は武蔵野教会の東村山方面集会へ出席し、久しぶりに川﨑家のおば達や従姉妹にお会いした。伯母は98歳、続く92歳と90歳の叔母達もお元気だった。

私共の就任式に一人で来て下さった伯父は、その後、曾孫の結婚式出席の為に単身でイギリスへ渡り、無事帰国した。伯父は93歳。

 新任教師オリエーションでは同労者との交わり、方面集会では信仰の大先輩との交わりと豊かな時間。

ふと、21年前に神様に打ち明けた事が今時を経て成っている事に気付いた。それは「少しでも東へ」という祈りだった。

2024/7/7 週報メッセージ

「救いの基準」

川﨑 信二 

 今年はパリ・オリンピックの年です。

 選手がオリンピック出場を果たすためには選考基準をクリアしなければならず、代表枠をめぐって厳しい戦いが繰り広げられます。

明らかに力の差がある人はともかく、残りの1つの枠を何人もの選手たちが競い合い、後もう少しで届かず、ギリギリで落選し涙を飲んだアスリートもいるでしょう。

その選考基準が分かりにくく、なぜこの人が落ちて、あの人が選ばれたのか。納得のいかないこともあり、最終予選では0.01秒差で洩れてしまったがそれまでの成績はそれなりの記録を出しいるのにそれが考慮されない、という場合もよくあるそうです。オリンピックに出られるか、そうでないかはアスリートにとって人生を左右する大きなことだけに基準は分かりやすいほうが禍根を残さずに済むのに、とも思うのです。

これらは力が拮抗している時だけに起こる事例です。断トツであれば当然起き得ないことなのです。

では、聖書が語る「救いの選び」の基準はどうか。誰が天国に行き、誰が落ちるのか。誰も天国行きの基準を満たしている人はいない。選民イスラエルも神の選考から洩れ、律法学者でさえも神の掟を守りきることはできなかった。

人間は皆、罪人であり拮抗しています。聖人のように突出している人はいない。神の前では全員「黒」。黒を白に変えてくださるからこそ「救い」なのです。主イエスの十字架の血潮こそが私たちの罪を清め、赦すことができるのです。

だから、あの人は地獄行きだ、と審いてはならない。私も、あの人も、赦され、救われているからです。

あの人も、私も、神に選ばれた民であることを忘れないようにしたいものです。

2024/6/30 週報メッセージ

フー・ポン信者

川﨑 信二 

   故 原田 謙先生(更生教会前牧師)が信仰生活についてよくこんな事を述べておられた。

 「聖書を読むときにフーポン信者になってはいけませんよ。“常に聖書に親しみ”、常に・・・これが大事ですよ」 

 フーポン信者とは、先ず聖書を取り出してフーと息を吹いて表紙の埃をはらう。次にポンっと机に置いて、「今日はどの御言葉でいこうか」と聖書をペラペラと捲る(だいたい真ん中を開けるのでイザヤ書が多い)。まるでおみくじのように開く。たまたまマタイ27章5節だった。

 「そこで、ユダは銀貨を神殿に投げ込んで立ち去り、首をつって死んだ」

 こりゃいかん! 別の箇所を開くとルカ10章27節が目に飛び込んできた。

 「行って、あなたも同じようにしなさい。」

 えっ?これって???

 こういう聖書の読み方をする人をフーポン信者と呼ぶそうだ。私もフーポン牧師ならないように気をつけたい。

そもそも聖書は毎日通読することが基本で、行き当たりばったりの読み方は上記のように危険が伴う。勿論そういう読み方でも、読まないよりはずっと良いと思うが・・・・。

 暗唱聖句など、前後の文脈と関係なく、そこの一句だけを取り上げて座右の銘としたり、今日一日の糧とする場合がある。それ自体悪いことではないが注意が必要だ。

例えばCS生徒に提示する際は、そこだけでなく全体を良く読んでから選ぶべきである。どんなに良い言葉が並べられていても建徳的ではない文章があるからだ。

 例えば、ヨブ記を見ると「その道を知っているのは神。神こそ、その場所を知っておられる。」(ヨブ28:23)

聖句そのものは暗唱聖句に相応しく聴こえるが、友人達がヨブの過ちを責めるための言葉でもある。聖書の言葉を、人を裁くために用いてはならないし、知らずして使う恐れもある。それゆえ、前後の流れを読みながら、謙虚に、聖書の主張に耳を傾ける姿勢が大切である。

2024/6/23 週報メッセージ

ホーリネス系教会の被弾圧をおぼえて

川﨑 信二 

今年は、1942年6月26日の、政府による宗教弾圧から82年の年です。この出来事は、ホーリネスの群の信仰の遺産であり、忘れてはならない教会の歴史です。

世界中で権威主義国家が台頭し「信教の自由」が脅かされている時代にあって、主イエス・キリストこそ私たちの神であり、王であり、救い主であり、やがてこの地上に再び来てくださる方であると大胆に証し続ける者でありたいと願わされています。((以下ホ群資料より)↙

ホーリネス弾圧事件は、第二次世界大戦中にホーリネス系の教会が政府から弾圧された、日本のキリスト教史上、プロテスタント教会に対する最大の迫害である。

牧師補であった小山宗祐が1941年3月23日に獄中死した事件は、翌年のホーリネス弾圧の前触れだった。

1942年6月26日早朝、ホーリネス系の教職者96名が逮捕された。これが、第一次検挙である。1943年2月に第二次検挙が行われて、第一次と第二次を合計すると、日本基督教団に併合されていた第6部(旧日本聖教会)60人、第9部(旧きよめ教会)から62人、教団に加わらず宗教結社であった東洋宣教会きよめ教会12人、合計134人が逮捕された。これを受けて教団は、「軽々しき行動を慎み、暫く成行きを静観すること」「皇国民たるの自覚に立ち、臣道の実践を志すこと」を求めた。

また、日本基督教団の幹部らは、当局のホーリネス検挙を歓迎した。第4部管谷仁主事は、「彼らの熱狂的信仰は我々教団では手の下しようもないくらい気違いじみているため、これを御当局において処断して下さったことは、教団にとり幸いであった。」と述べた。山梨教区長小野善太郎は、「大局的見地からいえば、こうした不純なものを除去することによって日本基督教団のいかなるものかが一段に認められて、今後の運営上かえって好結果がえられるのではないかと考え、当局の措置に感謝している」と述べた。

1943年4月、文部省は宗教団体法に基づき、第六部と第九部の、教会設立認可の取り消しと教師を辞任させるように、日本基督教団の富田満統理に通知。日本基督教団は、教会の認可取り消しと、教師の自発的な辞職を求める通知を行い、日本基督教団内のホーリネス系の教会は強制的に解散させられた。

殉教者は、菅野鋭、小出朋治、斉藤保太郎、辻啓蔵、竹入高、池田長十郎、佐野明治らが獄死し、75人が起訴された。全員が上告して、戦後免訴扱いになった。 Ω