何もしない罪
川﨑 信二
世界のあちこちで軍事衝突や報復攻撃により民間人が巻き込まれている。軍備、民族、宗教、思想……長い歴史の中で複雑な要因が絡み合っているが、その根底には人間の罪があることを思わざるを得ない。受難週を迎えたこの時、十字架の主イエスを仰ぎ、平和を祈りたい。
ドイツのルター派牧師であり反ナチ運動組織、告白教会の指導者マルティン・ニーメラーが第二次大戦後に残した言葉を紹介したい。
『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』
ナチが共産主義者を襲ったとき、自分はやや不安になった。けれども結局自分は共産主義者でなかったので何もしなかった。
それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。けれども自分は依然として社会主義者ではなかった。そこでやはり何もしなかった。
それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行わなかった。
さてそれからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であつた。そこで自分は何事かをした。しかしそのときにはすでに手遅れであった。 ― 丸山眞男 訳、「現代における人間と政治」(1961年