阪神淡路大震災から31年
川﨑 信二
1995年1月17日㈫ 5時46分に起きた阪神淡路大震災から31年が経ちました。当時私は東京聖書学校の最終学年で卒業と初任地への準備をしている頃でした。聖書学校は前年より埼玉県吉川市に移転し、地震の揺れは全く感じませんでした。80年代に通った大学も被災しました。尼崎市に住んでいたことがあり、営業の仕事で阪神高速道路を大阪から神戸まで毎日往復していたその道路も橋桁ごと横転し、無惨な光景でした。
桜ケ丘教会から東京聖書学校舎監に転任されて一年目の西海静雄牧師と後輩たちと共に、3月になってから車で被災地に行きました。見慣れた景色が変わり果てていたことにショックを覚えました。「私たちにできることは何か」。夏の伝道キャラバンで用いた手作りの紙芝居を持ってきて、仮設住宅に居るこどもたちを励まそうと広場に誘い、賛美歌やゲーム、聖書の話をしましたが、全く響きませんでした。こどもたちの目は虚ろで、不安のためか心が閉ざされているように感じました。
一方的にこちらの用意したパフォーマンスは、それが神様の宣教に関することであっても通用するはずがありません。帰りの車の中で後悔し、彼らが求めていることにもっと寄り添えればよかったのに、と思いました。
4月に尾鷲教会に遣わされました。この経験から、自らのビジョンや宣教の旗を振りかざすのではなく、まずは相手の心を理解すること、いま何を必要としているのかを……。共に生きることから祈りへ導かれるのだ、ということを教えられたことです。
31年経っても消えない痛みを抱えつつ歩んでいる友人、家族の中で一人生き残り懸命に生きている知人。
主の慰めと平安を祈るものです。日本は地震大国です。また様々な災害で被災された方々がおられます。生活が支えられ希望をもって歩むことができますように。