上水公園で秋風に楽しそうに揺れていたコスモス
秋の澄んだ空気、空、美しく楽しげな花たち、紅葉の時を待つ樹木たち・・・・どれも味わい深く感じます。
9月28日の礼拝の話では、「5つのパンと2匹の魚」の奇跡の事実を通し、常識と信仰について考えさせられました。
主イエスの奇跡のお話については、いろいろとお聞きしますが、「イエスの祝福」というテーマから牧師が語られました。5千人に食べ物を与えるという奇跡。
「常識が優先すると、信仰の技が妨げられる」
「イエスのなされた奇跡」を、自分の常識で解釈してはならないと考えさせられました。奇跡の解釈では、自分にしっくりくる解釈を選び納得しようと思いがちです。
科学的にも理解できるような解釈を選びがちです。しかし、科学をもって説明できる事実と説明出来ない事実があると言うことです。
本お話では、3通りの人間像を観察しています。
1民衆、2目先のことに心奪われる弟子達、3民衆の必要に応えるイエスです。
イエスの真の人格に眼がひらかれたときに、出来事の意味を知らされる。「イエスは生命のパンである」。5千人が食してもなお残りがいっぱいであった、と記録されている。多くささげられたものでも、少なくささげられたものでも、イエスが祝福されるときに、最善に変えられる。
「5つのパンと2匹の魚」、その小さな捧げ物が、5千人の人が食してもなお残るほどに祝福を得て、民衆は満腹したとあります。奇跡の事実を、そのとおり考えた上で、聖書の全体、十字架につけられた主イエスが民衆に応えられた真実を考えなければと思わされました。
私たちは、自分に頂いている祝福の賜物を心からささげ、最善に変えていただこうではありませんか。収穫の秋・・・・・。この世の人生で収穫した物を祝福していただき、用いていただける幸いを考える秋でもあります。