死者を敬うこと、神を仰ぐこと
川﨑 信二
亡くなった方や遺骨を「1柱(ひとはしら)、2柱(ふたはしら)」と数えることがあります。「柱」という数え方は、神道において神を数える単位に由来しています。日本では古くから、亡くなった人を敬い、その人を御霊として祀る風習があって、故人や遺骨、位牌にも「柱」が用いられてきました。
しかし、私たち主に繋がる者としては、「1人、2人」あるいは「1名、2名」と数える方がよいのではないでしょうか。「柱」という言葉には、単なる日本文化としての意味だけではなく、人を神格化し礼拝の対象とする宗教的な意味合いが含まれるからです。御霊も人に対してではなく、神の霊(聖霊)に対して用いるのが聖書的です。
亡くなられた家族に語りかけること自体が悪いわけではありません。故人を思い出し、感謝を伝え、そのことで心が慰められることもあるでしょう。しかし、私たちは死者に祈り求めるのではなく、神様に祈る者です。人を礼拝することなく、神様だけを仰ぎたいと思うのです。
人に意見を聞くことは大切です。主イエスが5000人に食べ物を与えようとされた時も、フィリポに尋ねると、彼は「200デナリオンあっても足りない」と答えました。
一方、アンデレは5つのパンと2匹の魚を見つけました。弟子たちがそれぞれの考えや持っているものを出し合う中で、主イエスが大きな御業をなしてくださいました。
教会も同じです。互いに意見を聞き、語り合いながら歩みます。しかし、その中心におられるのは主イエスです。人の価値観や評判も参考にしながら、まず主を仰ぎ、共に祈り、御心を求めて話し合っていく。そのような中で、私たちは神様の御業を見させていただくのです。
悲しみの中にある時も、死者に頼るのではなく、私たちの祈りを聞いてくださる神に信頼して歩みたいと思います。
「死人に伺いを立てる者があってはならない」(申命記 18:11)