初日の出
川﨑 信二
年末は理子牧師の実家いわき市で過ごし、大晦日に牧師館に戻り年越しを子どもたちと共に過ごしました。
2026年を迎え、元日の朝いつものように大空公園に行きました。6時過ぎでしたが多くの人が芝生の上で東方を見上げ日の出を待っていました。ちょうど東側に雲が掛かっていて太陽は確認できませんでした。寒いので運動しながら待っていましたが、1時間半ほど経って明るくなっても見えず「今年は居ないな」と諦めて帰ろうとしたその時でした。「おお、出たぞ」と感嘆の声があがり、振り向くと雲と雲の間からハッキリと太陽の光が差していて眩しいほどでした。神様に年の始まりを感謝して教会に戻りました。
このことで感じたことは、「神様は見えなくても近くに居られる」ということ。心が不安の雲に覆われ、神が居ないと感じる時にも神は傍らにいてくださり、真ん丸の笑顔を見せてくださる、ということです。
もう一つ感じたことは「待つこと」です。神が居ないと諦め、祈りもしないで帰ろうとするなんて、しかも見知らぬ人の声で気づかされたことは年始から恥ずかしいことでした。(おじさん、ありがとう!)
もちろん、太陽が神ではなく、創造主である神を拝したことです。天使のようなおじさんの声に促されながら、今年も主イエスを仰いであゆみ始めたい。そう思った次第です。