五島列島を訪ねて
川﨑 理子
11/18~11/20「五島の世界遺産教会巡り」のツアーへ参加しました。五島列島へ生まれて初めて行きました。
五島のキリシタン弾圧の歴史を岡山先生がまとめてくださった資料で、当時の、主を信じ、その信仰を公に告白したキリシタンとは、どのような人々であったのか、胸に迫るものがありました。
実際に集落や教会堂を見た時に、厳かで且つ流れている空気になんとも言えない気持ちになりました。景色は、弾圧を受けた時と変わらないような穏やかな感じでした。
五島のキリシタンに対する迫害は、下五島の久賀島にはじまり、中通島、頭ヶ島にも及びました。旧五輪教会堂は18世紀以降、五島藩が久賀島に移民を受け入れ、漁業や農業で既存の集落と互助関係を築きながら、ひそかに共同体を維持していたというのです。
「教会」が世界遺産ではなく、久賀島の集落が世界遺産なのだと。頭ヶ島天主堂も然り。19世紀、潜伏キリシタンの一部は病人の療養地として人が近づけなかった頭ヶ島を移住の適地として選び、仏教徒の開拓者のもとで信仰をカモフラージュしつつ秘かに共同体を維持しました。
奈留島の江上集落「江上天主堂」には建物に十字架がない。19世紀、潜伏キリシタンの一部は奈留島の人里離れた海に近い谷間に移住。信仰をひそかに続け、解禁後はカトリックに復帰。江上天主堂を建設。十字架がないのは、「潜伏」の終焉を可視的に示しているとのこと。この天主堂を見た時に涙があふれてきました。
牢屋の搾殉教記念教会には、久賀島に捕囚された人達が六坪の空間に約200人が極度の睡眠不足と飢餓の中で閉じ込められた。理由は、子供が信仰を捨てなかったからだと。また、「転べ、転べ」と言われても信仰を捨てなかった方々の洗礼名の石碑を見て、これも涙しました。
他にも堂崎天主堂、江袋教会、青砂ヶ浦教会、旧鯛ノ浦教会(被爆レンガを一部使用)。車窓から水ノ浦教会、中ノ浦教会を見ました。本当に充実した旅でした。
今私達は「教会へ行っています」と言える時代に生かされています。この時代がいつまでも続きますように。