2024/1/21 週報メッセージ

「イエス・キリストを知る」(2)(マタイ16:13-20)

今年の教会標語聖句は、「わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさ」(フィリピ3:8)というみことばです。この一年少しでも、ひとつでもキリストのすばらしさを体験してみませんか。

もう少し「キリストを知る」ことについて学んでいきます。

第一に、「イエス・キリストを知る」ことは、「永遠の命を獲得する」ことです。聖書は、はっきりと永遠の命とは、唯一の神とイエスを知ること(ヨハネ17:3)だと語ります。どこまでわたしたちは「イエスのご降誕、受難、十字架、復活、昇天、神のゆるし、愛」などを知っているでしょうか。

第二に、「イエス・キリストを知る」ことは、「イエス・キリスト愛する」ことです。創世記の4章1節には、「さてアダムは妻エバを知った」とあります。罪のためにエデンの園を追放されたアダムとエバが、神様の導きによって、夫婦として結ばれていく記事が載せられています。ここで「知る」というのは「愛する」「一体となる」ことを意味します。イエス・キリストを知るということは、「イエス・キリストを愛する」「イエス・キリストと一体となる」ことを示しているのです。

第三に「イエス・キリストを知る」ことは、「わたしたち自身の目で、耳で、体験の中で知る」ことです。ペトロは、人々のイエスの噂、評判を盲信したのではなく、ペトロ自身の目で、耳で、体験の中で知って、「あなたはメシア、生ける神の子です」と信仰告白したのです。

第四に、「イエス・キリストを知る」ことは、「わたしたち自身が変えられる」ことです。イエスを知ることによって、わたしたちの中に重大な変化が起こり、わたしたちの生き方・価値観が変わることです。もし「イエス・キリストを知る」ことによってなんら変化がないなら、いま一度信仰生活を見直す必要があるのではないでしょうか。(1/14 山本師 説教)