2023/1/8  週報メッセージ

聖餐式

朝位 フミ子 

  私たちは、今、主イエスに召されて、桜ヶ丘教会で主に従う信仰の歩みをするために、ここに集められている兄弟姉妹と共に歩んでいます。この地が、私たちに託されている神の使命を行う場所です。

 洗礼とはキリストと一つに結びつくこと、そして、聖餐式とはキリストとより深く結びつくこと。この主イエスの愛の中に入れられて生かされていること、神との愛の交わりの中に生かされていることを日々忘れないように、パンと杯に与る毎にキリストとの出会いを経験し、昨日よりも今日、より深くキリストに結びついて生きていくのです。聖餐式のパンと杯に与る度毎に、私たちは、イエス様が十字架の上で命をかけてしてくださった救いの業、神様の愛を、ただ心だけで味わうのではなく、現に手で触り、口で味わい、食べ、そして飲む仕方で、この体も主イエス・キリストとの交わりの中に入れられていることを喜び味わうことができます。そういう仕方で、聖餐式ではキリストとより深く結びつくことができるのです。

 私たちの存在、私たちの働きの始まりにあるのは、主イエスの憐れみであること、これは忘れてはならないことです。深い憐れみは、私たちがまず主イエスの憐れみによって癒され、生かされているということによります。私たちは本当に弱く、欠けが多く、破れた者であるけれども、そのような私たちを決して見捨てないで愛し、私たちと一緒に神の国の事業を進めようとされる、神様の御心によって今ここにあること、主イエスと一緒に今、試練と困難の中にいる兄弟姉妹と共に生き、共に重荷を担い合う姿勢が求められています。それにはまず、主イエスの御心を聞く心を持って、主イエスの愛をしっかりと聖餐式のパンと杯によって受け取ることを、忘れないようにしたいと思います。主イエスの弟子には、人を愛し、人に仕える姿勢が求められているのです。