2022/9/18  週報メッセージ

 出会い 2                                                       

 朝位 フミ子 

  私たちの人生は、主イエスとの出会いによって、大きな力によって、変えられることになるのです。そして、主イエスは、皆さんの人生のある時、ある所で、あなたを待っていてくださる。待ち構えて、その愛の御手で捉えてくださる。そういう出会いが皆さん一人ひとりにもあると思います。

 モーリアックというフランスのカトリック作家に、『イエスの生涯』という小説があるのですが、その小説の終わりのシーンは、あの使徒言行録の、ダマスコに行く途中で主イエスがパウロを待ち構えているというものです。本当に予想もしなかった仕方で、角を曲がった所で、ばったりと出会うように、主イエスと出会うのです。私たちも、出会ってくださった主イエスからの問いかけをしっかりと受け止めていきたいと思います。

 洗礼を受けて、信仰が与えられる者は、神との出会い、主イエスとの出会いが、本当に自分の人生を変えた出会いであったと、そのことがよく分かるのではないかと思います。主イエスと出会い、イエス様の恵みと愛をしっかりと受け止めて歩んでいく人には、主イエスの恵みと愛の力が、私たちの生きる力となって、豊かな人生を導くものになるはずなのです。つまり、主イエスとの出会いが、神の愛の力が、私たちの隅々まで行き渡り、私たちの考え方と行動を深く捉えて、私たちをキリストに従う者に造り変える力を持っているのです。

 洗礼によって主イエスと結ばれて、信仰が与えられているクリスチャン。私たちは、主イエスの恵みと愛の力の大きさを、本当にしっかりと受け止めきれているか? 人生を導くものとなっているか? 私たちを愛の業へと動かす力に至っているかということを、よく振り返ってみると、何とも不徹底であり、中途半端ではないかと思うのであります。そういう意味でも、私たちは、再び礼拝を通して主イエスと出会い直さなければならないのではないかと思わされます。