「改訂宣教基礎理論」二次草案
朝位 真士
朝位 真士
宣教の内容(2)生の全領域における変革 ⑥「召命」とは、キリストの祭司、また復活の証人として、世に遣わされることです。キリスト者はその存在と生活の一部分ではなく、その職業生活、家庭生活、社会生活の全体が、全生涯にわたって、神に召されています。したがって、職業もまた、単なる食べるための苦役(創3・17)ではなく、召命との関わりで考えられるべきです。召命の自覚は、キリスト者に真の生涯を与えるでしょう。
⑦キリストの福音を証しするためには、自分がキリスト者であることを公にし、いつも隣人のために祈ることが肝要です。(マタイ5・44、2ペト1・10、ガラ2・20、ロマ12・3)
⑦キリストの福音を証しするためには、自分がキリスト者であることを公にし、いつも隣人のために祈ることが肝要です。(マタイ5・44、2ペト1・10、ガラ2・20、ロマ12・3)
(3)終わりの日の完成 ①死人の中からよみがえられたイエス・キリストは、現在わたしたちと共におられるだけでなく、終わりの日に再び来られ、救いの業を完成されます。そのとき、「恵みの契約」が成就し、人々には「罪の赦し、身体のよみがえり、永遠の生命」(使徒信条)が与えられます。福音の持つすべての明るさ、希望の力、愛の実践力などは、キリストの復活と再臨の確かさの中に、その根拠を持っています。(使18・9~10、マタ28・18、同28・20、1ペト1・5~9、2コリ6・2、フィリ1・6、黙21・3~4、1コリ15・28、エフェ1・10)
②復活者キリストは、今も教会の先頭に立って御国の福音を宣べ伝え、戦っておられます。教会は今日も明日もこの主に仕えることを喜びとします。その限りにおいて、教会はこの世にある間は戦いの中にありますが、同時に、すでに主の勝利にあずかっています。すなわち、わたしたちの目には成功と見える日にも、失敗と見える日にも、その労苦は決して無駄ではなく、御言葉は一つとしてむなしく地に落ちることはありません。
②復活者キリストは、今も教会の先頭に立って御国の福音を宣べ伝え、戦っておられます。教会は今日も明日もこの主に仕えることを喜びとします。その限りにおいて、教会はこの世にある間は戦いの中にありますが、同時に、すでに主の勝利にあずかっています。すなわち、わたしたちの目には成功と見える日にも、失敗と見える日にも、その労苦は決して無駄ではなく、御言葉は一つとしてむなしく地に落ちることはありません。