北森先生より学ぶ
朝位 真士
私は、神学校(東京聖書学校)の時に北森嘉蔵先生の授業を受けたことがある。
神学者であり、文学者であり、牧師であられた方だ。大変学問について厳しい方だったが、プライベートでの交わりは(個人的に話す位)大変優しい方であった。
彼が召天されて10周年になり、山北先生(教団議長)が教団新報の中で新春メッセージとして記載されていたものが大変印象深い。
文章を引用したい。それには、北森先生の「人生と教会との関係を大地と水との関係に喩えて教会の交わりを語った」とあり、それによると3つのタイプがあるという。
その第1が砂漠タイプ。掘っても掘っても水の出てこない砂漠の如く、教会生活を重ねても、人生という大地を潤してくれるような水に相当する真実の交わりが与えられない。
これは教会の生命を失う。兄弟姉妹と言いつつ、赤の他人にすぎない時、教会の交わりは形骸化する。
第2は湿地帯タイプ。湿地帯というのは水の過剰になった場合に生ずる。終始ベタベタくっついていなければ不安というのでは教会生活を不健全にする。あまりに過剰な交わりは腐敗を招く。
第3は地下水タイプ。これは、普段は淡々としているが、いざという時には真実の兄弟姉妹の交わりが噴き出してくいるという姿勢をさす。荒野、枯野の如き世界にあって、地下水の如き交わりが人生を潤す。
北森先生、山北先生の話をお聞きして、私自身考えさせられた。
私共の教会は3つのタイプのどのタイプに属しているか。
皆様方も考えていただきたい。
砂漠、湿地、地下水、桜ヶ丘教会の将来にかかっている。
大変大きな示唆をいただいた思いがした。2009年の総会が3月に開催されるが、教会員としての責任を果たそう。