10月を迎えて

イメージ 1写真:K/Kさん提供
10月の朝は、秋が深まって来ていることを私たちに知らせてくれています。
さて、10月第一聖日の桜ヶ丘教会では、この夏に2人の信徒の方が天に召されて寂しさを隠せませんが、新たに桜ヶ丘教会の礼拝に御出席になる方も与えられて、少し嬉しく思っております。
また、10月1日の昼の祈祷会にも、新たな方がおいでくださいました。
日曜日礼拝では、高価なナルドの香油をイエスさまの頭に注がれた女の話を通して、最も大切なものを献げることの意味を教えていただきました。
女の注いだ香油は、お金に換えれば貧しい多くの人に施すことも出来ました。
そのことでそこにいた何人かは、女に憤慨して厳しくとがめたとあります。
しかし、イエスは、女のイエスに対する信頼を理解され、女が一生を通じて1回しかないイエスに対する配慮の機会をとらえ、女が十分な愛をしめしたことに、重要な意味があることを諭されたのです。神に対する信頼の行為は、たとい人の目に愚かに見えなんの意味もない無駄なものと思われても、キリストによって意味が与えられるというのです。永遠性を持った行為となると教えていただきました。
ウイリアムバークレーが、この語全体を愛の行為として4つ上げているとのことでした。
1つは、女のしたことは美しい事であった。
2つは、もし愛が真の愛であれば、常にそこにはある種の浪費があるに違いない。
3つは、愛はそれを行う機会がただ1回限りしかないことがあるということを知っている。
4つは、もう一度我々はイエスに破りがたい確信をみるのである。
神様に献げるときに、余っているものを献げるというような事ではなく、大切なものを献げることが重要であるということを、この女の香油注ぎの話から理解できます。
どうぞ、与えていただいている命や時間、財的なものなど・・・・恵みを感謝し、主にささげることを考えたいものです。